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▼ 年下の彼氏が出来ました

「影山くん、付き合ってください」
「はい。わかりました」
「……え?」

思考が停止する、という感覚を人生で初めて味わうことになった。もちろん全く勝算がなく告白したわけではなかったが、こんなにあっさり返事をもらえるとも予想はしていなかった。

「なんで苗字さんの方がびっくりしてるんすか」
「いや、だって…え?付き合うってあれだよ?どっか一緒に行こう的な話じゃなくて、」
「俺のことバカだと思ってますか?」
「う、うん」
「…今日から俺は苗字さんの彼氏ってことですよね」

バカだと言ったことはどうやら問題ではなかったらしい。影山くんはサラッとそう言って、わたしへ「よろしくお願いします」と律儀に頭を下げてきた。うん、澤村の教育がよく行き届いてるなぁと感心する。場合では、もちろんないことは承知しているけど、本当に人間とはびっくりすると知能が下がることを知った。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

こうしてわたしに2歳年下、イケメンの彼氏が出来た。

影山くんとの出会いは澤村にどうしてもと頼まれた勉強会だった。早々に推薦入試で東京の大学に進学が決まっていたわたしは時間にも余裕があり、二つ返事で男子バレー部の勉強会へと参加することとなった。今思えば、これがわたしと影山くんの運命の出会いだったのかもしれない、なんて。

「はぁ!?付き合うことになった!?」
「ちょ、菅原、声デカいやめて」
「いや……あの影山が…」
「フラれてこいとか散々アンタ達が言うから気軽に言ったらなんか取り返しつかないことになったんだけど!?」
「いや!喜べよ!」
「喜ぶよ!?でも喜びより先にびっくりが勝っちゃって」

パックのジュースを飲み干しぐしゃり、と潰しながらため息を吐く。

「とりあえずバレー部には迷惑かけないようにするから」
「んなもん気にすんな!苗字なら大丈夫だって」
「わかんないよ?!影山くんがわたしのこと好きすぎて夜寝れなくなったら朝練遅刻とかしちゃうかもよ?!」

そう力強く言い切って、一瞬目の前の二人がその様子を想像しているのがわかった。が、次の瞬間にはニヤニヤ笑いながら「それはないな」とハモってきたのでわたしも釣られて笑ってしまう。そらそうだ、あの影山飛雄が恋愛なんかにうつつを抜かすわけがない。それにきっと、わたしがバレー部の三年と仲良いし先輩だから断りづらかったんだろう。とりあえず今まで通り会ったら挨拶して、ちょっと話して。たまに、電話とか出来ちゃったらいいな。なんて淡い期待を抱いていた。

が、その期待を上回るのが天才セッターと名高い影山飛雄だった。

「今日一緒に帰りませんか」
「電話して良いですか」
「名前さんって呼んでいいですか」
「お昼ご飯一緒に食べませんか」

そんな怒涛の展開をあれよあれよと受け入れている間にあれ?なんだか思ってたのと違うなと最初に違和感を覚えたのは手を繋いでいいかと聞かれた日の帰り道だった。

「手繋いでいいですか」
「えっ!いいの?」
「ハイ」

夕日に照らされているせいか、影山くんの顔も少し赤く染まっているような気がしたけどそんな自分にとって都合のいい妄想はよくないと打ち消して差し出された手を握った。はじめて触れた左手は思っていたより冷たくて、震えていた。もしかして...緊張してる?なんてやっぱり都合の良い妄想をしてしまう。普通に繋がれた手をいわゆる恋人繋ぎに勝手に変えてみると、影山くんが鬼の形相でこちらを振り返る。

「あ、ごめん嫌だった?」

そんなに怒られると思っていなかったわたしは影山くんと絡めた指をするりと抜こうとしてみるが、ぎゅっと強く握られてそれは敵わなかった。

「嫌じゃないです。こっちの方が、名前さんと近くて、好きです」

そう言ってはにかむ影山くん、今まで見たことのない顔にわたしの心臓はいっきに激しく音を立てて暴れ始めた。

「へ、へへ...なんか照れるね」

絞り出した声は何故か震えていて、急に手のひらに汗もかいてきた。さっきまでわたしの方がリードしていたと思っていたのに、気づけば影山くんの方が余裕そうで。

「...名前さんでも、照れたりするんすね」
「するよぉ...!だって、影山くんかっこいいし」
「飛雄、でいいです」
「えっ!いや、そうだよね。わたしだけ名前で呼ばれてるのおかしいもんね」

飛雄、飛雄...とびお、トビオ...TOBIO...何度も脳内でシミュレーションしてみるがいざ声を出そうとしても喉につっかえて外に出てこない。

「嫌なら、いいです」

そう言ってわたしの手を引きながら早足で歩き出した影山くん...いや、飛雄くんがあまりにもしょんぼりしてるように見えて。わたしは腕を引っ張り返して「待って!」と飛雄くんを振り向かせることに成功する。

「や、じゃない...その...恥ずかしく、て」

飛雄くんの顔は恥ずかしくて見れなかった。ロードワークで使い込まれている少し汚れた運動靴を見ながら無言のままの飛雄くんが気になり顔を上げると真っ赤な顔をしてわたし同様下を向いていた。でも残念、飛雄くんがどれだけ下を向いたとしてもわたしからは丸見えだった。「あの」と飛雄くんが下を向いたまま、声を出す。そのまま飛雄くんを見つめていると、目が合った。

「抱き締めてもいいですか」

どうしてそうなった?と目を見開くが、さっきの失敗を思い出して飛雄くんにわたしが嫌がっていると勘違いされる前に一歩踏み出して自分から飛雄くんに抱きつく。

「な、!名前、さん...!」
「......と...飛雄くん!」
「ハイ」
「呼んでみた、だけ」
「名前さん」
「は、はい」 

飛雄くんのただ下されていた腕がそっとわたしの背中に回る。勝手なイメージだったけど、力一杯痛いくらい抱き締めてくると思っていたが実際は全くそんなことなくて。くすぐったくなるくらい優しい、ハグだった。

「好きって言ってください」
「え...?」
「俺ばっか、好き、みたいで嫌です」
「...ん?」

言われている意味が全くわからなかった。

「待って?告白したのわたしからだよ?」
「名前さんがしてこなかったら、俺からしてました」
「えっ?飛雄くんわたしのこと好きだったの?」
「あ?そうすけど...」
「わたしが先輩だから断りづらかったんじゃなくて?」
「...何言ってんすか怒りますよ」

飛雄くんの腕の力が少し強くなる。わたしはどうしても飛雄くんの顔を見て本気なのか確認したくて背中に回していた腕をそっと胸元に置いてぐっと力を入れて顔を見上げた。

「ほんと?」
「だから、キャプテンに呼ばれて勉強会行った時、名前さんいて運命だって思いました」
「う、運命...!」
「初めて見た時から、好きでした」
「え...ええ...!」

今日は驚くことが多すぎて、これ以上驚けないのではと思っていたけどそんなことは全然なくて。ここにきて投下された飛雄くんからの爆弾にしっかり驚いて固まってしまった。

「俺の方が先に好きでした」
「わ、わたしも好きです」
「昨日も夜、名前さんのこと考えたら眠れなくて」
「朝練遅刻した!?」
「いや、してねぇっす」
「よ…よかった…!」

まさか冗談で言っていたことが現実になってしまったのではないか、と冷や汗をかいたがどうやらそうではなかったらしい。

「今も目の前に名前さんがいてるだけで、なんかこう…グワーっと…いや?どっちかっつーと、ギュンか?」
「…わたしは、きゅん、だよ。飛雄くん見るたび胸がきゅんきゅんする」
「それっす!」

我ながら恥ずかしいことを言ってしまったかと思ったが、飛雄くんが食い気味に肯定してきてくれたのでよかった。

さすがに田舎の道といえど、道の真ん中でいつまでも抱き合っているわけにはいかないのでそっとお互いに離れ、また手を繋いで歩き出す。もう、飛雄くんの手は冷たくなかったし、震えてもいなかった。自然に絡まった指にもう飛雄くんが驚くことはなかったし、次からも手を繋ぐときは毎回この繋ぎ方になった。

飛雄くんがわたしのこと好きすぎて、夜眠れなくなって朝練遅刻するなんて日が来ませんように。ちなみにわたしは、飛雄くんのこと好きすぎて眠れなかったので今朝寝坊しました。



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