小説 | ナノ


▼ ファーストキス

心の準備は、出来ていると思っていた。わたしの方が年上だし飛雄はきっとこういうことは疎いだろうから、わたしがリードしてあげなきゃといつの間にか思い込んでいた。

さっきから何度も不自然に飛雄の唇を見つめてしまい、きっと今からなにをしようとしているのか飛雄はもしかしたら気づいているかもしれない。それでも何も言ってこないのは、彼の優しさなのか…それとも興味がないのか。後者だった場合わたしは今後飛雄とうまくやっていけるのか、ととても不安になる。

「飛雄」
「なんすか」

一緒に帰るときは、手を繋ぐ。寝る前におやすみのメールをする。昼休みはたまに一緒にお弁当を食べる。そんなわたしのワガママを今まで何個も聞いてきてくれた飛雄。今日、また一つワガママを言おうとしているわたしに呆れないでいてくれるだろうか。

「今日からね」
「はい」
「バイバイする前に、誰もいなかったら」
「…?」

キスしたいの、そう言いたいのに緊張して声が出ない。ぎゅっと握られた手からこの思いが届けばいいのになんて可愛いことを考えているがそんなに神様は優しくない。

「誰もいなかったら、なんすか?」

飛雄がわたしの顔を覗き込む。

「ううん、なんでも、」

やっぱりまだ早いかな。なんて自分に言い訳をして話を濁そうとする。いつもより近い距離の飛雄にドキドキしすぎて言えなかった、なんて本人に言えるわけがない。

飛雄は不思議そうな顔をして「顔真っ赤っすよ」なんて言ってくる。これ以上わたしに追い討ちをかけてこないでほしい。年上だからって、いつでも余裕なわけないし今だって心臓が爆発してしまいそうだった。

これ以上飛雄の顔を見ていたら、好きが溢れて止まらなくなりそうで。自分の気持ちにそっと蓋をするように目線を足元に下ろす。

「名前さん」

あまりにも優しいその声にふと、目線を上げると唇に衝撃。「あれ、違いました?」なんて真顔で聞いてくるからわたしは意味がわからなくて自分の唇を指で触る。

「え、…?」
「キスして欲しいのかと思いました」
「と、とび、飛雄キスしたことあるの!?」
「は?ないですけど」
「何で出来たの!?」
「…してぇ、って思ったら勝手に」

なんだよそれ、こっちはファーストキスだったのに。もっと、ロマンチックに…と平常心を取り戻したい一心でたくさんいろんなことを考えるがあの一瞬の柔らかさを思い出してやっぱり心が乱される。

「はじめてだったんすけど」
「…うん」
「1回したら、もっとしたくなったんで、していいですか?」

そう言ってきた飛雄の顔は今までより大人に見えて、年下の可愛い彼氏をわたしがリードしているなんてもしかしたらわたしの勘違いだったのかもしれない。返事の代わりに、わたしからキスをしようとするが全く届かなくて空振りをする。恥ずかしい。

「名前さんからはしなくていいです」
「何でよ…」
「可愛くて、めちゃくちゃにしたくなるんで。俺のタイミングでさせて下さい」
「っ、な…!何、言ってんの、」

涼しい顔をして、飛雄はもう一度わたしにキスをする。そのキスは、漫画や映画、ドラマで見ていたものとは少し違いただ唇が押し付けられるような不器用なキスだった。少しかさついた唇から、口下手な飛雄の愛情が伝わってくるようで。まだまだ下手くそなキスは、これから2人でたくさん練習していったらいいか、と飛雄の大きな背中に腕を回して抱きしめた。



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