小説 | ナノ


▼ 彼女の浮気を疑う影山飛雄

「話があります。今日は早く帰って来てください」

スマートフォンに表示されているメッセージにどうしたんだろう、と首を傾げる。飛雄に怒られるようなことをした記憶もないし、謝られるようなことをした覚えも一切ない。もしかして別れ話、いやいやいや。飛雄に限ってそれはない、はず。今朝も玄関でいってらっしゃいのちゅーしてくれたし、昨日だって自分が休みだからって寝かせてもらえなかったし。おかげでわたしは朝からエナジードリンクに助けてもらってるけど。それでもわたしは毎日幸せだと胸を張って言えるくらいに、飛雄に愛されてるし幸せだった。

とりあえず「わかった」とだけ返事をしておいて、考えるのはやめた。こういう時の飛雄って、だいたいわたしの想像できないことを言ってきたり、やってきたりするのでわたしの物差しで測るのは不可能だと知っているからだ。

寄り道もそこそこに仕事から帰宅すると、仏頂面というより少し怒っている飛雄が仁王立ちで待ち構えていた。188cmの成人男性、しかもスポーツ選手が玄関先で待っている恐怖をみんな一度想像してもらいたい。とにかく、わたしは少し怖くなって一度玄関のドアを閉めた。

「やばい、なんかわかんないけどめちゃくちゃキレてる」

普段独り言なんて言わないけど、こればかりは無意識に口から出ていた。そっと、玄関を音を立てずにゆっくり開けて隙間から覗くと飛雄が同じように立っている。シンプルに、怖い。隙間から覗いていると、当たり前だが飛雄と目が合う。だから、怖いってば。

「た、ただいま...」
「なんで逃げたんすか」
「本能、?」
「意味わかんねぇっす」
「ごめん...」

靴を脱ぎながら、服の下は冷や汗でべとべとだった。何?心当たりがなさすぎて逆に怖い。飛雄のアイス勝手に食べたから?この間温玉失敗してただのゆで卵になったから?試合勝手に観に行ったから...?いや、そんなことでこんなキレてるなら今後の関係見直した方がいいよ。と心の中の自分が話しかけて来る。いや、それはそう。とわたしは自分自身に相槌を打ちながらもう一度飛雄に「ただいま」と恒例のハグを求めみる。

「...おかえり」

ぎゅ、っと抱きしめてくれる飛雄はいつもと何も変わりないように思えてこのまま怒りが収まってくれないかなあとキスをねだるがそれは拒否されてしまった。

「キス、してくれないの?」
「したら...話せなくなる、から、ダメだ」

抱きついたまま飛雄を見上げて、いつもこれでなんでもお願いを聞いてくれている顔をしてみるがそれも失敗に終わる。飛雄は自分と戦っているようで、見たことないくらい眉間に皺を寄せたままわたしと目を合わせないように必死で色んなところを見ていた。

話って、何?と言いかけて飛雄の左手に目がいく。

「な!!!、なんで、と、びお!えっ?!」
「あ?」

すぐに左手に握られている布を奪い取り咄嗟に背中の後ろに隠す。いや、もうあれだけ握り締められていたら隠したって意味はなさそうだけど。普段洗濯なんてしないから、油断してた。今日帰ったら自分が洗濯するつもりでネットにも入れずとりあえず放り投げておいたものだった。そう、飛雄が握りつぶしていたのは、わたしの下着だ。

「なんで隠すんすか」
「いや、逆になんで持って...てか、洗濯してないから!汚いよ?!手洗ってきな?!」
「名前さん...浮気、してますよね」

ドーン!と頭上で爆発が起きた。飛雄の表情は普段と変わらなさすぎて何も読み取れない。は?冗談なの?本気なの?いや、でもさっきのキレっぷりを見てたら多分、飛雄は本気だ。

「してない」
「じゃあ、それ...なんすか」

それ、と指を刺してきたのはわたしの下着のことでわたしの頭はいっきにはてなマークで埋め尽くされる。下着と浮気がどう繋がってるのか意味がわからない。よくある、白シャツに口紅がついてて彼女なり奥さんなりが浮気を疑うシーンはよく見たことがある。だが、彼氏に下着を理由に浮気を疑われる場面を見たことがあるだろうか?しかも、飛雄のためにちょっと奮発して買ったえっちなやつ。こんなことのためにお前は家に来たんじゃないのに、可哀想に...と背中の後ろで丸まっている下着に思わず同情する。そもそもこの下着だって飛雄のために買って、昨日の夜喜んでもらおうと思っていたのに、下着に目も暮れず脱がせて放り投げたのは飛雄じゃん...と思ったところで、やっとわたしの中で話が繋がった。

繋がったらもう、面白くて可愛くて、目の前の恋人が愛おしくてたまらない気持ちになった。

「何笑ってんだ」

未だに敬語とタメ口が混ざってしまう、年下の可愛い可愛いい彼氏。あ、やばい。好きだ。そんなわたしの気持ちとは反対に飛雄はどんどん不機嫌になっていく。でもごめん、面白くて仕方ない。

「ねえ、飛雄はわたしが浮気してるって思ってるの?」
「...思いたく、ねぇけど」
「けど?」
「それ、誰のために履いて行ったんすか」

あーーーーーー!もう、可愛い!可愛すぎる、わたしの彼氏が、可愛すぎる!頼むから誰か動画回しといてくれないかなあ?!なんて心の中で大騒ぎしながらも顔だけは冷静を装い、少し飛雄をからかってみることにした。だって、可愛いだもん。

「別に?普段から履いてるよ」
「嘘、っす。名前さん、普段からそんなエロい下着履いてねぇし」
「...飛雄が見てないだけかもよ?」
「そんなエロい下着で、仕事行って...んすか」

勢いよく怒っていた飛雄はどこへ行ってしまったのか。今は少し落ち込んでるように見える。とりあえず玄関でこんな長話も、と飛雄を避けてリビングへと足を進めると後ろからスカートを思いっきり捲られる。

「は?!」
「ほら、今日だってそんな下着してねぇ!」
「ばっかじゃないの?!やめてよ!」
「...すんません」

思わず大きい声でそう言ってしまい、飛雄の眉毛がしゅんと下がり怒られた子供のようにわたしの機嫌を伺っていた。先に怒っていたのは飛雄の方なのに、本当にこの子は...と頬が緩みそうになる。そろそろネタバラシをしないと可哀想だな、と飛雄を手招きしてソファに座らせる。

「俺は、別れたくないです」
「ちょっと落ち着こ?ね?」
「...っす」
「飛雄くん、昨日の夜...凄い雑に脱がせたけど、覚えてる?」
「風呂上がりなのに...下着邪魔だなって脱がせました」

そこは覚えてるんだ、と笑ってしまうと飛雄が不思議そうな顔でわたしを見て来る。

「飛雄に喜んでもらいたくて、買ったの」

目を見てそう告げると、飛雄の顔が固まった後一瞬で耳まで真っ赤に染まる。いやいや、童貞じゃあるまいし。昨日もっと凄いことしたんだよ?

「え、あ...そ、すか」
「それなのに飛雄ってば、全然見てくれないし」
「今!見ます!」
「やだよ、ばか」

鼻をぎゅっと指でつまむと、不満そうに唇を尖らせた飛雄が「いてぇ、」と鼻を摩る。

「浮気、疑ってすいませんでした」

大きな体の年下の彼氏が、わたしの肩に顔を埋めてもごもごと気まずそうにそう一言だけ呟いた。大型犬をあやす様に頭をわしゃわしゃと撫でてやるが、飛雄のサラサラの髪の毛は指の間を通り抜けるだけだった。

「怒った」
「...ハイ」
「だから、次からちゃんと全部見てね?」

冗談でそう言うと、飛雄は目をキラキラと輝かせて「はい!」と元気よく返事をして来る。違う、そうじゃない。さっきの照れた飛雄に会いたかったのに...と今度はわたしが納得いかない番だった。

「早く洗濯してください」

ソレ、と指を刺されたわたしの勝負下着は次はちゃんと役目を果たせるらしい。

「ふふ、ばか」

飛雄に今度はキスをすると、嬉しそうに目を細めて笑ってくれる。今日一日、どんな気持ちでいたんだろうと想像するだけで申し訳ないし可哀想な気持ちで胸が張り裂けそうだった。少しおバカで、可愛いこの年下の彼氏を今日もたくさん可愛がって愛してあげようと決め、洗濯機に放り込んでスイッチを押したのだった。



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