▼ 宿題が終わらない影山飛雄
と、一瞬でも思ったわたしがバカだった。違う、バカなのは飛雄の方だった。
「…帰るね」
「おい!名前!待て!」
「頑張って」
机の上には何個も課題が積まれていて、飛雄の顔は真っ青で。多分朝から頑張ってはいたんだろう形跡が残されてはいるが、まあ、絶望的な状況だった。
「ねぇもう諦めたら?てかもう9月だし」
「学校行くまでが夏休みだろうが」
「わたし飛雄に最後に会ったの終業式だよ?」
「あ?」
それがなんだと言わんばかりに課題と睨めっこしている飛雄。
「バレーで忙しいのはわかってるし、応援してるから何も言わないけど。さすがに宿題終わってないから助けてはなしでしょ」
「…悪ぃ」
「はい出た!とりあえず謝っとけの思考!」
「シコウ…?」
「ダメだ、飛雄朝から頭使っていつもよりバカになってる」
「…この通りだ。頼む」
「手伝った報酬に何してくれる?」
別に、報酬なんていらない。今こうして飛雄と一緒にいれることはまあ、不服だけど嬉しいのは嬉しいし。久しぶりに会った飛雄はまた少し背が伸びて、男前に磨きがかかっていたし自然と怒りもおさまってくる。顔がいい、ってずるい。
「名前が、ほら、行きたがってた…」
「え?」
「パンケーキでもなんでも良いから、…付き合う」
「デートってこと?」
「おう」
仕方ないなぁ、と言いながらわたしも飛雄に甘いのは重々承知で残りの夏休みの宿題を手伝ってあげることにした。先生、飛雄もある程度自力でやってたんで許してあげてください。
「さすがにわたしが書き込んだらバレるから、書くのは自分でやってよ?」
「わかった」
意外にも素直な飛雄は、自分の今の状況が割とまずいと気づいていたようで。黙々と作業を続けていた。時計の針が2時を回ったあたりで眠気が来て一瞬意識が飛びそうになる。
「あと、どんくらい?」
「…もう、少しだ」
「ほんと?」
今回の件に対して全く信用のない飛雄のノートを横から盗み見ると、嘘ではなかったようでこのペースでいけばあと1時間くらいで終わりそうだった。わたしは眠さも限界に近づいて来て「あとは1人で大丈夫だよね?」と帰る支度をしていると腕を掴まれバランスを崩し2人とも床に転がってしまう。
「ちょ、っと!危ないでしょ!?」
「こんな時間に帰るほうが危ねぇだろ!お前バカか」
「はぁ?夜中に呼びつけといて何正論ぶってんのよ」
口では散々文句を言っているが、今の状況に胸がときめかないはずがなかった。1ヶ月半ぶりに触れた飛雄の腕は、やっぱり夏休み前より少し逞しくなっていて意識してしまう。床に転がったまま、ぎゅっと抱きしめられてしばらく無言が続く。飛雄が寝落ちしてしまったのかと心配になるが、どうやら違うようで安心した。
「...名前がいると、どうしても甘えちまうんだよ」
「何急に」
「だから、連絡もしなかったし会わなかった。悪ぃ」
これは今、どういう気持ちで飛雄の言葉を受け止めたら良いのかわからず返事ができずにいた。
「わたしは、その…邪魔、ってこと?」
絞り出した声はなんとまあ情けない声で、自分で言っておきながら声が震えてしまい言わなければよかったと後悔する。
「あ?ちげぇよ。好きだからに決まってんだろ」
「…?」
飛雄の言っている言葉の意味はわかる。だが、前後の文章との繋がりがわからず飛雄を腕の中から見上げると目が合っておでこにキスされる。
「なんだよその顔」
「仲直りのちゅーは、そこじゃないでしょ」
「喧嘩してねぇだろ」
「やだ。ちゅーして」
「…ん」
こんなに手伝ったんだから、これくらいのわがまま許してもらわないと困ります。重なる唇は、会っていない間と変わりなくて安心する。キスを終えた飛雄が不思議そうな顔をして、自分の唇を触ってからわたしの唇に人差し指で触れる。
「なんか、違ぇ」
「ああ…リップ変えたんだよね、っ…」
さっきより少し強めに唇を押し当てられて、困惑する。何度も角度を変えて重なる唇にわたしの体の体温はどんどん上昇していく。
「な、っ…!何」
「新しい味、覚えとこうと思って」
「…どうぞ?思う存分味わってください」
煽ってしまった自覚はなかったし、時間も時間だし、ていうか宿題終わってないけど!?と言いたいことは山ほどあったんだけど。やっぱりこの夏休み会えなくて寂しかったのはお互い様だったようで。会えなかった時間を埋めていくように、触れ合った。
出来る彼女のわたしは、飛雄のために6時にアラームが鳴るように設定しておいたので後で叩き起こして残りの宿題させなきゃ。と考えながら瞼を閉じ、飛雄に体を委ねた。まあ、2人とももちろんアラームなんて聞こえなくて飛雄のお母さんに起こされ、朝から「宿題!終わってない!」と大騒ぎだったんだけどね。ごめん、飛雄。許せ。