小説 | ナノ


▼ 杏樹様

−わたしの推し、はずるい人だ。

ちゃんとわかった上で、今日も推しの姿を拝みに会場へと足を運ぶ。絶対に見えてるはずなのに、推しはこっちを見てくれない。絶対、わかってるはずなのに推しは「今日も来てたの?」と言ってくる。ずるい。

何回送ってもDMは返ってくるどころか既読にもならない。何回ストーリーにメンションしても反応どころか見てくれもしない。それなのに、会えば優しく話してくれるしプレゼントだって使ってくれる。でもわたしは推しの、特別になりたいんだ。

「今日も、格好良かったです」
「今日も来てたの?ありがとね」
「いつも、います」
「うん、知ってる。ありがとね、名前ちゃん」

もうこの一言だけで、来月一回も名前を呼ばれなくても平気になってしまう。それだけの幸せがそこにはあった。角名選手は気まぐれで、こうやって名前を呼んでくれる時もあれば「名前、なんだっけ?」と平気で聞いてくる時もある。泣きそうになりながら「名前です」と伝えれば「嘘嘘、ごめんね?」と頭をぽんと叩いてきたりするからタチが悪い。そんなの、好きになっちゃうじゃん。うそ、最初から好きなんだから、もっと好きになっちゃうじゃん。

「角名選手」
「ん?」

サインをしながら目線はわたしに向けず、声だけで返事をしてくれる。そんな姿もわたしは大好きで、サインを書いてくれている角名選手の目をじっと見つめる。1秒も、見逃したくなかった。

「好きです」

この好きは、きっと言ってはいけない「好き」だ。サインを書く角名くんの手が止まる。交わることのなかった視線が交差し、じんわりと汗をかいているのが自分でもわかる。何かを言おうとした角名選手の言葉を待つが、何も言わずに「はい、お待たせ」と色紙を差し出される。

「ありがとうございます」
「こちらこそ、いつもありがとう」

何に対しての「ありがとう」か聞けないまま、今日もわたしは角名選手の前を立ち去る。後ろの女の子が角名選手の名前を呼ぶ。角名選手は下の名前で気安く呼ばれるの、嫌いなのにバカみたい。タメ語でぐいぐい話すのだって、DMを送ったり、ストーリーにメンションしたりされるのも全部全部全部嫌いなのに。なんでみんなするの?

あれ?誰が、最初に嫌いって言ったんだっけ。

それすらもわからないまま、今日もわたしは推しに好かれたくて良い子のファンでいたくて。本当は彼女になりたくて、わたしだけ見て欲しくて堪らないのに。バカみたい。

バカみたい、とわかっていても今日も格好良かったと読んでもらえてないってわかっていながらDMを送る。もしかしたら、今日こそ返事が来るかもしれない…!とスマホにかじりつくがそんな夢みたいなことは起こらなかった。けど、角名選手の新しい投稿でわたしのプレゼントした帽子にネックレス、それからTシャツを着てくれていて天にも登るような気持ちだった。

「倫くん、ずっと、ずっと好きだからね」

本人には決して呼べない名前。角名選手の写真を何回も見返しては、この人以上に好きな人なんて今後一生現れるわけがないと本気で思うのだった。



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