小説 | ナノ


▼ 後編

「降りるぞ」
「ま、待って」
「待たねぇ、降りろ」
「ちょ...!と、びお!」

助手席のドアを開けられほぼ抱き抱えるように降ろされ、駐車場と繋がっている扉から部屋に入る。これ、監視カメラから見たら犯罪に見えない?大丈夫?そんな心配もよそに飛雄は部屋に入るとわたしをベッドに下ろして少し楽しそうに部屋を散策し始めた。

「水飲むか」
「う、うん」

冷蔵庫から取り出されたミネラルウォーターはキンキンに冷えていて、泣き疲れた喉を潤して頭を冷やすにはうってつけだった。隣に座った飛雄と肩がぶつかる。昨夜感じた感情は少し薄まったのか、赤の他人ではなくちゃんと飛雄だと認識する。涙の跡を親指でなぞられ、心臓を直接握られているような感覚になる。目が合い、あっ、と思った時にはキスをされていた。ゆっくりと押し倒され、目の前に広がるのはなぜか少し嬉しそうな飛雄の顔と天井。

「お前、俺のこと好きだったんだな」
「す、きだよ...!」
「俺だけじゃなくてよかった」

ふわ、っと微笑む飛雄が珍しくて今度は感情が昂ぶって涙が出そうになる。

「そんな顔すんな」
「だ、って」
「明日仕事行けなくなんぞ」
「だめだよ!」
「わかってる、だからあんま煽んなって」

そう言って飛雄のキスが唇に再び落とされる。自分の今の状況がわからず、頭を整理したいが何度も落とされるキスを受け入れ頭がふわふわになってしまう。このままじゃ、今までと何も変わらないと飛雄の肩を何度か叩き「先に、話したい」と懇願する。

「何を」
「...今、なんでここにいるか、?」
「名前を抱きたいと思ったから」
「そこじゃなくて...」
「お前のこと、愛しいと思った」
「っ、」
「普段甘えてこねぇくせに急にあんなこと言われたら...さすがに、我慢できねぇ」
「我慢、?」

飛雄に抱きしめられ、2人でベッドに横たわる。飛雄と目線が一緒になるのはベッドくらいだな、と思っていると「お前が、いっつも痛いって言うから」と眉間に皺を寄せたまま飛雄がそう言う。

「だって、飛雄の痛いんだもん...」
「俺が下手くそってことか?」
「違う。飛雄の、おっきいじゃん」

飛雄の腕の中でそう呟くと、飛雄も淡白に見えてやはり男なのか少し喜んでいて可愛く思えてしまう。

「あと、間空いたら...痛い」
「じゃあ毎日すんぞ」
「無理じゃん」
「一緒に住んだら、いいだろ」
「同棲だったら、しないよ」
「あ?結婚に決まってんだろバカか」

お前がバカだよ!!!!と叫ばなかったわたしを本当に褒めて欲しい。

「またそんな、簡単に...」
「だいたい、名前がいつまで経っても言ってこねぇから悪い」
「はあ?」
「今まであれやりてぇ、これやりてぇって全部名前のペースに合わせてやってただろーが」
「はあ?!わたしは、飛雄がなかなかしてくんないから...!」
「じゃあ、本当はもっと抱いて欲しかったのかよ」
「なんでそこ、急にセックスの話になんのよ」
「まあとりあえず、結婚すんぞ。んで、来年からローマ行くからお前年内で仕事辞めろ」
「バカなの?!そんな言い方で誰が人生の大事なこと決めようと思うのよ!」

飛雄のあまりにも横柄な態度に、こいつはいくつになっても王様なのかと悪態もつきたくなる。ぐるっと背を向けようとすると力強く抱きしめられて身動きが取れなくなった。

「俺だって、本当はもっと早く言いたかった」
「わたしのせい、なんでしょ?」
「違ぇ。名前の人生、背負ってく自信なかった」
「...」
「いや、背負うことは別にいい。あっちいったら基本お前1人だろ?俺もずっと一緒にいれるわけじゃねぇし」
「うん」
「今の環境捨てさせてまで、お前を連れてくのは俺のわがままなんじゃねぇかって」
「う、ん」
「おい泣くな」

そんなの、とっくに覚悟できてたよ。飛雄が高1でユースに選ばれた時から、ずっとずっと遠くに飛雄が行ってしまうことなんて覚悟してた。そんなことは絶対飛雄には言ってやんないけど。まさか飛雄がわたしのことをそんな風に考えてくれてたなんて。夢にも思っていないことが起きて、今日はもう脳内のキャパが完全にオーバーしてしまいそうだった。

「わたし、飛雄が浮気してると思ってた」
「あぁ?!」
「全然、抱いてくれないし」
「それは名前が、」
「プロポーズだって、してくれなかったし」
「それはさっき、」
「最近全然、好きって言ってくれないし」
「それはお前もだろーが。昨日、逃げやがって」

昨日、と言われてお風呂場の出来事を一気に思い出す。

「ち、ちが!あれはだって恥ずかしくて...!」
「先に背中向けて寝てんじゃねぇぞ、コラ」
「寝てなかったもん!飛雄に手出してもらうの、待ってたんだもん!」
「んなもん俺がわかるわけねぇだろ!」
「そうだった...」

はあ、とため息をつきながら飛雄がわたしのおでこにキスをして「冷められたかと思った」と心底ほっとしたように呟いた。

「俺は名前みてぇに上手く話せねぇし」
「そうだね」
「スマホもあんま見ねぇし」
「知ってる」
「怒るかもしんねぇけど、バレーが1番だし」
「そんなの、ずっと前から知ってる」
「でもバレー以外でこんなに失いたくねぇって思うのは、名前だけだ」

うん、うんと相槌を打ちながら何度も送られるキスのプレゼントに高鳴る胸と高揚する気持ちを隠せそうになかった。

「だから、今更俺のこと諦めようとすんな」
「...偉そう」
「もう名前以外じゃ、無理なんだよ。お前がそうさせたんだから責任取れ」

言葉と表情が全く噛み合っていない飛雄の顔が面白くて、思わず笑ってしまうと飛雄も愛おしそうに微笑んでくれる。

「責任、取ってあげるから結婚しよ」
「おう」
「飛雄のこと、わたしが一生大事にしてあげる」
「おう」
「だから、わたしのこともう不安にさせないでよね」
「...約束はできねぇ」
「そこは嘘でもわかったって言うの!」

こんなやりとりですら、ひどく懐かしく思えて心が落ち着いてモヤモヤとしていたものがなくなっていくのが自分でもよくわかる。わたし達、体だけ大人になって大人になった気でいたけどまだまだ甘ったれの子供だったんだね。

付き合いたての、学校帰りにこっそり他の部員達にバレないように手を繋いだ、あの日のようにそっとわたしは飛雄の手に自分の手を重ねる。

「飛雄、好きだよ」
「俺も」

ああ、良かった。そう思ったのも束の間、気付けばまた飛雄に組み敷かれていて。

「今日からとりあえず1週間な」
「は?!」
「毎日してたらそのうち慣れんだろ」
「待って、ちょっ...と!」

もう何度目かわからないお預けを飛雄に食らわすと、今度こそは我慢の限界だと言わんばかりに不満そうに見下ろしてくる。

「名前」

その顔、ずるい。そう文句を言おうとする唇は動かすことなく飛雄にがぶりと食べられてしまう。わたしのこと何もわかってくれてないと飛雄に思っていたが、わたしも飛雄のこと何もわかっていなかったのかもしれない。

−ねぇ飛雄。次の休みには、お洒落なレストランで2人ともお洒落して、素敵な指輪と花束の一つでも渡してプロポーズしてよね?答えはもちろんイエスだから安心していいよ。結婚式はそうだなぁ、ローマ移住するならいっそ神前式にする?飛雄、タキシードも似合うと思うけどわたしは紋付袴着てる飛雄が見たいなぁ。え?何でもいいから好きにしろって?すぐそう言うこと言う。2人で決めたいんじゃん!飛雄のバカ!



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