小説 | ナノ


▼ 隣の家の影山くん

「飛雄おはよ〜」

朝も朝、早朝に飛雄の家の前で腕を広げて待っていると部活に向かおうとしている飛雄が玄関から出てくる。

「どけ、邪魔だ」

迷惑そうにわたしの腕を押しのけて学校へと向かおうとする飛雄に「だめ!」と待ったをかける。眉間の皺が更に深くなり相変わらず迷惑そうに見下ろされる。

「今日ハグの日なんだって!ハグって、ストレス軽減効果あるからしてあげる。飛雄最近毎日イライラしてるでしょ?」
「…誰のせいだと思ってんだボゲェ!!」
「え!?なんでもう怒ってんの!?」
「うるせぇ、とりあえず部活行くから早くしろ」

と今度は飛雄が腕を広げてくる。え?わたしがハグしにいくの?てっきり飛雄に断られるか「ハイハイ」と適当にハグされるかだと思っていたため予想外の行動に固まってしまう。

「え、あ…」
「しねぇなら行くぞ」
「うん…朝練頑張って…」

飛雄に謝らないといけないことがある。ハグって、待たれるとめちゃくちゃ恥ずかしいってことがわかった。飛雄を見送って家に戻ると自分の心臓がバクバクと脈打ってることがわかり、いっきに体温が上がる。これは練習してからじゃないと飛雄にハグなんてできないな。と謎の向上心を抱きながら、飛雄より2時間遅れて同じ学校へと向かった。

「てわけで、ハグしよ?」
「いいよ〜!」

学校に到着し、部活仲間にそう言って手当たり次第にハグしていく。する方も、される方も試してみたがだんだん慣れてきたのかやっぱり朝よりは恥ずかしくないな、という感想になる。お昼休憩も終わり、夕方になり楽器を片付けていると飛雄から珍しくメールが来ていたことに気付く。部活も終わっていたため急いで電話をすると、待っていたのか本当に珍しく飛雄がすぐに電話に出た。

「あ、もしもし?名前だよ!」
「わかってる」
「そっちも今終わったの?一緒に帰ろ〜」
「今日は体育館もう使えねぇから。隣で日向とパス練してるからゆっくりでいい」
「わかった〜!部室の掃除だけするからもうちょっとかかる!」
「おう」

電話を切ると、部活仲間がこぞって「影山くんでしょ?」とニヤニヤとした視線を送ってくる。

「そうだよ〜って、何その目!」
「いいなぁ、家も隣であんなにイケメンの幼馴染がいるなんて。少女漫画じゃん!」
「ないない。飛雄はそういうんじゃないし、そもそもバレーしか興味ないから」
「え?じゃあ影山くんに彼女出来ても良いの?」
「…そ、れはさぁ…」
「まあわたしは2人、お似合いだと思うよ」
「もー!やめてよ!」

そんな友達の言葉を軽くスルーして、飛雄と日向くんが待つ体育館へ向かった。ちょうど休憩中だったのか飛雄より先に日向と遭遇する。

「あ、影山の…!」
「日向くん!いつも飛雄と練習してくれてありがと〜!」
「イエ…!いや!ハイ!」
「…そうだ!日向くんちょっと両腕広げてもらっていい?」

頭にはてなマークを浮かべたまま日向くんが両腕を広げてくれる。飛雄より背の低い日向くんは、もしかしたらあんまり練習にならないかもしれないなぁと失礼なことを考えながら一歩、一歩と日向くんに近づいて行く。

「オイ!!!!何やってんだ日向ボゲェ!!!!!」

あと少しで日向くんとハグ出来る、というタイミングで日向くんの後頭部にボールが当てられる。ボールがぶつかった音に驚いて思わず後ろにわたしも尻餅をついてしまう。

「か、かかかか影山くん!!!!!!」
「おいお前、今自分が何しようとしてたかわかってんだろうな?あ?」
「ちが、今のは!!!俺!!え、冤罪です!!」
「エンザイとかしんねーけど、名前に近寄んな」
「ちょっと!飛雄!日向くん可哀想でしょ!?」

日向くんに大丈夫?と頭を撫でてあげようとするが、その行為すら飛雄の腕に捕まれ阻止される。

「何?痛い」
「日向に触んな」
「なんでよ」
「…?わかんねぇけど、やめろ」
「バカじゃないの?」
「あ!?バカって言うほうがバカだろ」
「飛雄にだけはバカって言われたくない」

わたし達のいつもの口喧嘩がはじまり、日向くんがあわあわとわたしと飛雄の周りを右往左往し出す。多分飛雄に右往左往って言っても意味わかんないんだろうな、なんて考えながら飛雄をぐっと下から睨みつける。

「その顔やめろ」
「はぁ?ブスだって言いたいわけ?」
「名前はブスじゃねぇだろ」
「じゃあなんなのよ」
「なんか、こう…ぐわって、なるから…やめろ」
「はぁ?意味わかんない」

相変わらず飛雄の言ってることは意味がわからなくて、聞き流しながらお尻についた砂を手で払っていると飛雄が腕を広げて待っていた。

「日向にするなら、俺にしとけ」
「…飛雄はやだ」
「あ?」

ちょっと、顔怖すぎるんですけど。

「朝、飛雄にハグしようと思ったらうまく出来なかったから練習しようと思ったの」
「は?何言ってんだテメェ」
「日向くんなら女の子と似てるからしやすいかなって」

そう言って日向くんに、ごめんねという気持ちを込めて視線を送る。

「な!お、俺!ハグしてないです!未遂です!」
「わかったからもうお前は帰れ」
「お、おう…じゃあ…」

日向くんと別れたあと無言のまま2人で一緒に帰り、気付けば家の近くまで来てしまっていた。

「…オイ」

沈黙を破ったのは飛雄の方で。まさか飛雄から話しだすと思っていなかったので、驚いて返事の声が裏返る。「寄ってくぞ」と指を指したのはわたし達が昔からよく遊んでいた公園だった。小さい子供が遊ぶには少し遅い時間で、公園の中にはわたしと飛雄の2人しかいなかった。

「ここならいい」
「…?」
「ハグ、しろよ」
「え、あ…うん」

どこまで偉そうなの、と呆れそうになるがこれが飛雄だなぁと1人で納得して腕を広げるが飛雄に「ちげぇ」と拒否され飛雄が腕を広げる。

「名前が来い」
「む、無理!」
「なんでだよ」
「だって、なんか、その…は、恥ずかしい、もん」

飛雄にハグすることを考えただけで顔が真っ赤に染まり、涙が出そうになる。もじもじしながらそう飛雄に伝えると「うるせぇ」と怒られるかと思うが、気付けばわたしは飛雄の腕の中にいた。

「な!ちょ、…とび、お!」
「お前がチンタラしてっからだろ」
「や、離して!」
「離さねぇ」
「ば、バカ!」
「バカでもなんでもいいから、ちょっと黙ってろ」

完全にわたしの顔は飛雄の胸に埋める形になり、飛雄の顔は全く見えない。いつも恨めしい身長差が、今も恨めしくなるとは思っていなかった。わたしの心臓の音が飛雄に聞こえたらどうしよう、と焦っていたが飛雄の心臓の音が聞こえてきてびっくりする。

「…飛雄、緊張してる?」
「悪いかよ」
「悪く、ないけど…」
「けど?」
「わたしも一緒、って思ったから」

飛雄の胸に顔を埋めたままそう返事すると、ぶっきらぼうに「そうか」と上から声が降ってくる。何分そうしていたかわからないけど、飛雄のお腹の鳴る音が聞こえ笑いながら体を離す。

「帰ろっか」
「おう」
「また、してあげてもいいよ?」
「なんもしてねぇくせに偉そうにすんじゃねぇ」
「うるさいなぁ」
「ほら帰るぞ」

地面に無造作に置かれた2人分のカバンを飛雄が引っ掴んでぐいぐい先を歩いて行く。離れていく飛雄の大きくなった背中を見ながら、ここの公園から家に帰る時はいつも手を繋いで帰っていたのに。きっと、飛雄はこれからどんどんすごいバレーボールの選手になって、それで…と勝手に1人で落ち込んでいると飛雄の怒声が飛んでくる。

「置いてくぞボゲェ!」
「…やだ。置いてかないでよ…」
「あ?なんて?聞こえねぇ」
「ううん、なんでもない」

小走りで飛雄の横に立ち、綺麗に整った顔を見ながら今は隣でこうして一緒に歩けてるからいっか。とわたしは持ち前の明るさでなんとか元気を取り戻し、飛雄と家の前で別れて自分の家に入る。今日も明日も、家が隣で幼馴染で、それだけでいいから。お願いだからわたしを置いて1人でどこかに行かないでね。そんなまるで子供みたいなことを思ってる、ってことは飛雄には知られたくないしこの先もどうか気づかないでよ?



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