▼ おにぎり屋のお兄さん
それでも、わたしが治さんを好きだって気持ちは絶対にその場のノリとか、軽い気持ちじゃなかったし治さんもそれはわかってくれている気がした。
そして、何度目かわからない告白をまさか自分の誕生日にするとは予定外だった。
「う〜、治さぁん」
「は?お前何、酒くっさ」
「会いたくてぇ、来ちゃいました!」
「ちょ、とりあえず中入り」
「わぁい!治さんの匂いええ匂いする」
20歳の誕生日を友達に祝ってもらい、人生ではじめてのお酒を散々飲まされ当たって砕けてこいとここまで連れてこられた。治さんがもう店に居なければ帰ろうと思っていたが、まだ仕込み中だったようで店の電気がついていて嬉しくなる。ドンドン、と扉をノックし酔っているせいもあるのかいつもより大胆になっていた。
「名前ちゃん、お酒飲んどったん?未成年の飲酒は褒められへんで」
「ちゃいます!なんと!今日!誕生日なんれす〜」
「おぉ、おめでと」
「だからね、治さんに会いたくて!あと、聞いてほしい話もあって」
「おん」
「今日も、治さんのこと好きです」
「ん、ありがとうな。ほら水飲み?」
今日もにこり、と微笑まれその顔の良さに本当にこの人は27歳なのか?と疑いたくなる。頂いた水のちみちみ飲みながら治さんを見ていると缶ビールを二つ持って「まだ飲めるん?」と聞かれる。
「もちろんです!」
「はは、顔真っ赤やのによー言うわ。まあ、無理やったら俺が残り飲むから置いとき」
「はぁい」
「名前ちゃんの誕生日に」
「かんぱぁ〜い!」
「乾杯。誕生日おめでとう」
ごく、っとビールを一口飲むが苦くて「苦いです」と顔で表現するとその顔が面白かったのか治さんが大口を開けてゲラゲラと笑い出した。あ、好き。
「まだまだ名前ちゃんはお子ちゃまやなぁ」
「も〜!そうやってすぐ子供扱いする!」
「俺からしたら名前ちゃんなんかクソガキやで」
「ひどい!初めて会った時より大人っぽくなったでしょ?」
「はいはい」
治さんの手がぽんぽん、とわたしの頭を撫でてくる。こういうとこ、ほんっとずるい。大人ってずるい。一生縮まることのない年の差に胸がぎゅっと苦しくなるが、必死に笑顔を取り繕って「子供扱い辞めてくださいよぉ」と下を向いたまま治さんに伝える。
「名前ちゃん」
「、はい」
「こっち向き?」
「やです」
「なんでなん」
「治さん絶対笑うもん。いやや」
「笑わへんて」
「いやや、笑う」
「名前ちゃん」
こんな声、聞いたことない。治さんの甘い優しい声に釣られ顔を上げるといつもと違う治さんの顔がそこにはあった。
「20歳ってことはもう大人やんな?」
「、はい。大人の女性ですよ」
「ほんならもう手加減はなしで」
え、?と声を出す前にその口は治さんに塞がれていて。驚いて両手で持っていたビールを床に落としてしまう。あ、せっかく掃除したのにと違うことに気を取られると治さんが少し唇を離して「他のこと考えるなんて、随分余裕やな」と掠れた声で言ってくる。
「ちが、…んっ」
「あかんで。ちゃんと俺のことだけ考えとき」
どんどん深くなる口づけに、お酒に酔っているのか治さんに酔っているのかわからなくなってきた。ふわふわとする頭のまま、目を閉じて身を委ねていると気づけば朝だった。
がばっと起き上がると頭がかち割れそうに痛く、痛すぎて声が出ないという経験を人生で初めてする。枕元に置いてあったミネラルウオーターで喉を潤していると治さんが「お、起きたか」と扉から顔をひょこっと出して「おはよ」と言ってくる。
「お、はようございます…」
「どうや、人生初二日酔いは」
「もう一生お酒飲みたくないです…」
「はい、これ飲んだらましなるから」
そう言って治さんがしじみたっぷりの味噌汁をテーブルに置いてくれて、一口飲む。その美味しさと治さんの優しさに感動し思わず「結婚して…」と呟く。
「ええよ、結婚しよか」
「っ、ごほっ」
「ごめんごめん。ほら、水飲みや」
「お、さむさ…ん!」
「なん?」
「ちょ、っと近い、です…」
「昨日あんな可愛いことしといて?」
「え!!!!?」
思わず自分が下着をつけているか確認するが、すぐに治さんが「嘘や嘘」と笑って頬にキスをしてくる。今までとの扱いの差にわたしが目を見開いて固まっていると面白そうに1人で機嫌よく笑い出して驚いた。
「これからよろしくな。俺の可愛い彼女の名前ちゃん」
「っ、は、はい」
「俺も、ちゃんと好きやから」
「…はいっ」
後から聞いた話によると、治さんはわたしが成人するまでは絶対に流されないと決めていたそうで。自分が冷たくすることによってわたしが他の男の子と恋愛するならそれはそれ、と決めていたらしい。大人の男の人って、ほんとずるい。でも付き合い出したら治さんは案外子供っぽいところもあって、可愛いと思うこともたくさん増えた。来年の誕生日はどうやってお祝いしてもらおうか、そんなことを考えながら今日も治さんの店の暖簾をくぐる。