小説 | ナノ


▼ 幸せ

最初は、高2の時だった。木兎がレギュラーに選ばれて、お祝いしなきゃねと話していた次の日。

「俺、彼女できた!」

満面の笑みでお昼休みに爆弾を落とされ、失恋したとかそういうのを通り越してすんなり「おめでとう」と返事をしてしまった。だって、あんなに嬉しそうな木兎試合以外で初めて見たんだもん。

「苗字も早く彼氏出来るといいな!彼女がいるってマジで幸せだぞ?!」
「そだね」

その彼女とはたった3ヶ月で別れたそうで、原因は彼女の浮気だったそう。「信じられない、わたしなら」その言葉は心の奥にしまい込んでしょぼくれモードの木兎を必死に励まして新しい恋を応援することになった。

そして今、わたしは木兎と居酒屋に来ている。もう何回目か、何人目かは途中から数えるのを辞めてしまった。それでもやっぱりこうして目の前の木兎が幸せそうに彼女が出来たと告げてくると安心した。これでまた木兎の相談相手に自分がなれる、そう思ったからだ。

「どんな人なの?」
「スッゲー可愛い!あと優しい!それから、俺のことチョ〜好きなの!可愛くね?」
「あ、ほんとだめっちゃ可愛いじゃん!木兎には勿体ないくらい」
「なぁ、やっぱそう思う?俺もなんで俺なんかと付き合ってくれたんだろって不安になるんだよな〜」
「嘘嘘、ちゃんとお似合いだよ。この写真彼女さんも木兎のこと好き〜!って顔してる」
「でも最近なんか冷てぇんだよな。俺が遠征ばっか行ってるから寂しいのかわかんねーけど」
「うーん。まあ寂しい、って気持ちはわかる。でも木兎はちゃんと彼女さんが寂しくないように連絡とか取ってるでしょ?」
「まあな!でも今すぐ会いに来いとか言われたら困るんだよな〜」

木兎のグラスが空になっていることに気付きビールを追加で頼む。ついでに木兎の好きなおつまみも何個か注文すると目の前の木兎は目をキラキラ輝かせてわたしを見る。

「俺もそれ今食いたいって思ってた!」
「そう?わたしも好きなんだよね、コレ」
「やっぱ持つべきものは苗字だな!あ、俺終電24時過ぎだわ。お前は?」
「わたしもおんなじ」
「そんでさ、聞いてくれよ〜!」

わたしも自分がバカなことしてるって、わかってる。高校3年間、一度も好きだと伝えることはなく木兎が大阪に行くと聞きほっとしたのも束の間。わたしは第一志望の大学に受験を失敗し運が良いのか悪いのか第二志望の大学、そう大阪の大学に通うことになった。それを木兎に伝えるとわたしの大好きな笑顔で喜んでくれて、また好きになってしまった。

大阪に来て3年ほど経つが、わたしと木兎の関係性は清々しいほどに何も変わらず。変わったことといえば飲み物がコーラからビールに変わり会う場所が教室から居酒屋に変わった、それくらいだ。ビールを飲み干した木兎がため息をつく。

「はぁ〜、会いてーなぁ」
「行っていいよ?」
「今日アイツ、東京で仕事」
「なるほどね」

会えるなら、わたしと会わずに会ってるか。そらそうだ。墓穴を掘ってしまい自ら傷を負ってしまった。こんな関係を続けて一体何になるというんだろう。そんなことは自分が1番思ってるし、言われなくてもわかってる。でもわたしは、木兎が彼女が出来たと嬉しそうに話す顔すら好きだし浮気されて落ち込んでる木兎を1人にできない。ただ、木兎が幸せでいて欲しい、バレーを心置きなくプレーできる環境に居て欲しい。わたしは多分、大袈裟でもなんでもなく木兎が幸せならそれでいいんだ。

終電で木兎と別れ、一人暮らしの部屋に帰る。メイクを落とそうと鏡を見ると、今日のために美容院に行った自分が写り思わず鼻で笑ってしまう。髪の毛、染めたし切ったんだけどな。気付いて欲しかったな、そう思った瞬間もうダメだった。涙が溢れ出して我慢しようとしてもどんどん溢れてきて喉が焼けそうに痛い。わかってる、木兎は何も悪くない。わたしが、悪い。こうなることはちゃんとわかってたんだし、これを望んで受け入れたのはわたしの責任。こんなに好きになる前にどこかで引き返せなかったのかな。そんなこと、今考えてもどうにもならいけど。

次の日、SNSを見ていると昨日木兎から教えてもらった彼女の名前がトレンドにあり不思議に思いながら見てみる。

---人気モデルAoi、若手俳優と密会か?---

ねぇ、木兎のこと幸せに出来ないなら今すぐその椅子から退いてほしい。わたしが座れなくてもいい。わたしじゃなくていいから、幸せに出来る人だけが座って。その椅子、いらないならわたしに頂戴。

「わたしの方が先に好きになったのにな」

ぽつりと落とした言葉は、何倍にも膨れ上がってわたしを攻撃してくる。そんなこと言ったって仕方ないのに。今わたしは木兎を傷付けている彼女に腹が立ってるが、それ以上にまた近々会えるかもしれないと喜んでしまっていた。




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