小説 | ナノ


▼ ウォル様

いつもなら聞こえる音がせず、いつもなら漂っているいい匂いもしない。あまりにもいつもと違う朝に飛雄は寝ぼけながらも名前の面影を探していた。

「...名前、さん?」

体調が悪くまだ自分と一緒に寝ているのかとベッドの上を寝ぼけ眼で捜索するが見当たらない。ごしごしと目を擦り自分の足元のあたりで布団が膨らんでいるのに気づく。がばっと布団をめくりあげると名前によく似たそれはそれは可愛い女の子がぐっすりと寝ていた。

「あ?」

飛雄はめくった布団をもう一度かけ直してみるが、家中どこを探しても名前の姿はない。この女の子が名前だと結論づけるまでに時間はかからなかった。なせなら、飛雄は少しバカだった。

「おい、起きろ」
「う...お兄ちゃん、だあれ?」

飛雄は自分の心臓がどきりと高鳴ったことに気づくが、決して幼女だからではなく名前に瓜二つだからと自分に言い聞かせていた。

「俺は影山飛雄だ」
「苗字名前です!3歳です!」
「お、おう...」

自分の予想が当たっていたことに喜んでいいのか、本物の名前は一体どこへ行ってしまったのか。そんなことをごちゃごちゃ考えているうちに朝の時間は過ぎ、家を出る時間が刻一刻と迫っていた。

「バナナ食べれるか?」
「うん!名前、バナナすき!」
「牛乳は?」
「のむ!すき!とびおお兄ちゃん、ありがとう!」
「お、おう」

飛雄は再び心臓に大ダメージを受けるがなんとか持ち堪え、名前に朝ごはんのバナナを食べさせながら自分も朝ごはんを食べ始めた。名前と結婚してから自分で朝ごはんを準備するのは久しぶりで、なんだか一人暮らしを思い出すなぁと懐かしい気持ちになっている。
朝ごはんを食べさせ、顔を洗い一緒に手を繋いで家を出る。娘が出来たらこんな感じなのか、と少し気が早いが飛雄はそう思っていた。

「おはざーーっす」

と、体育館に入ると視線が一気に飛雄へと集まる。名前は大勢の人に見られてもけろっとしていて「みんなお兄ちゃんのおともだちなの?」と飛雄に話しかけていた。電車の中で飛雄は名前に「今から楽しいところに連れて行ってやる」と告げていたため名前はどんな楽しいことが待っているんだろうとキラキラした目で体育館を見渡していた。

「あ、井上さん。朝電話で言った通りっす」
「朝電話で言った通りっす、じゃないんだよ!なに?!名前さんの親戚の子じゃなくて?名前さんが?小さくなった?はぁ?」
「いや、俺もさすがに嘘だと思ったんすけど...さっき服着せたら名前さんと同じとこにホクロあったんで多分本人なんす」
「...ちょっと意味がわからない」
「とりあえず名前さんのこと練習中よろしくお願いします」
「おじさん!こんにちは!」

名前はニコニコと笑顔で井上に挨拶をする。「はは、こんにちは...井上です」と何もかも諦めた様子で飛雄から名前を受け取り2人はボールのこないところへと非難した。

「おう!影山!今日もキレキレのトス頼むぜ!」
「星海さん、おはようございます」
「親戚の子でも預かってんのか?」

と星海に尋ねられ、思わず飛雄は自分の奥さんであることを説明しようとするが井上に口止めされていたことを思い出し「そうです」と返事をしておくことにした。

「3歳くらい?可愛い子だな!」
「はい!めちゃくちゃ可愛いっす!」
「影山が子供の世話を出来るとは意外だったな」

と、牛島もアップを続けながら話に参加する。

「すげぇ、いい子なんで大丈夫っす」
「あ、手ぇ振ってる!可愛い〜!」

名前はご機嫌で飛雄に「とびおお兄ちゃんがんばれ〜!」と手を振って喜んでいた。飛雄もそれに気付き、いつもあんな風に笑顔で手を振ってくれてもいいのにと大人の名前のことを思い出していた。

練習中は静かに井上と一緒に飛雄の姿を目で追っていた。飛雄が何かをするたびに「すごぉい!」「はやいね!」「とびおお兄ちゃんかっこいいね!」とにこにこ井上に話しかけていて、井上は話しかけられる度にマイナスイオンを浴びている感覚になり後から影山に小言を言われないか心配になる。

練習が終わり、飛雄が汗を拭きながら名前のところへ向かうと名前は少し恥ずかしそうにしながら飛雄に抱き上げられる。

「どした?」
「...とびおお兄ちゃん、かっこよくてね。名前ちょっとドキドキしちゃったぁ」

ふふふ、と笑いながら飛雄の腕の中で名前は頬に手を当てて照れていると飛雄はなんとも言えない感情に支配される。思わず愛おしい気持ちで名前のことを抱きしめると「あついよ〜!」と名前に怒られしゅんとしていた。一連の流れを近くで見せられていた井上は「小さくても大きくても、やってることいつもと変わらないのか」と呆れたように笑っていた。

「こんにちは!名前です!3さいです!」
「おう、挨拶できて偉いな〜!」

星海が飛雄に抱かれたままの名前の頭を撫でようとするが、空中で飛雄が星海の腕を掴み静止させる。

「あん?」

腕を掴まれた星海より、腕を掴んだ飛雄の方が何が起きているのかわからないと言った表情で星海の腕を掴んだまま2人は目を合わせている。

「けんかちちゃ、め!」

と名前が頬を膨らませながら飛雄にそういうと星海と飛雄が目を見合わせて笑い出す。

「悪ぃ、悪ぃ!喧嘩じゃねぇから!ごめんな?」
「けんか、ちがう?」
「おう。違ぇから怒んな」
「いいこいいこね!」

飛雄の頭を撫でながら名前は満足気にそう言うと、まるで本物の名前に褒められたような気がして心が温かくなるのが自分でもわかっていた。

「名前、さ...名前、ちゃん」

自分より遥か年下の子供に対してさん付けするのが恥ずかしくなり「名前ちゃん」と呼んでみたがそれもまた恥ずかしい飛雄。

「なあに?」
「今日は俺が晩ご飯作るから、何食いてぇ?」
「とびおお兄ちゃんごはんつくれるの?」
「おう」
「ほんと?」
「...チンするやつな」
「ママがね、ほうちょうあぶないからダメってゆってた!」

大人の名前との約束を思い出し、この子供は本当は名前さんの記憶もあるのか?と不思議に思い頬をつまんでみるが「いたぁい!」と怒るだけで子供に見えると飛雄は一安心する。

名前と手を繋ぎながら帰っていると、将来子供が出来たらこんな感じなのだろうかと今日何度も思っていることをまた飛雄は思う。

家に帰り冷凍庫を開けてみると、大人の名前が作り置きしているカレーと白米がセットで置いてあり飛雄と名前は一緒にシャワーを浴びて食事にする。

「いただきまぁす!」
「いただきます」
「お兄ちゃん、ふーふーちて?」
「、こうか?」

慣れない手つきで名前に冷ましたカレーを食べさせた後、飛雄はすっかり冷えてしまった自分のカレーを食べ始める。

「おいちかったね!」
「いつも美味ぇぞ」
「とびおお兄ちゃんのおよめさん、いつかえってくるの?」
「いつ、帰ってくんだろうな...?」

飛雄も朝から思っていたことを名前を見ながら声に出す。確かにこの名前と過ごしている時間は楽しいが、やはりいつもの名前が恋しくなる。目の前の名前はお腹がいっぱいで眠たくなったのか目をごしごしと擦りながらうとうとしていた。

「寝るか?」
「...や。もっとおはなちする...」
「じゃあ一緒に寝てやる」
「だっこ、ぉ」

名前は飛雄に抱っこをねだり、飛雄の腕の中でうとうとと眠りそうになる。ふと急に思い出したように飛雄の顔を見て、にっこりと笑いかける。

「とびおお兄ちゃん」
「あ?」
「名前がね、おっきくなったらね」
「ん」
「名前とけっこんちてくれる?」
「...おう。当たり前だろ」
「ふふ。やったぁ」

そう言って笑った顔がやっぱり名前にそっくりで、飛雄はこの子が名前なんだと確信する。一瞬で寝てしまった名前の横で飛雄も寝転ぶとだんだん眠くなり、寝る前に名前のおでこにキスをしてから寝た。

「飛雄くん?おはよ」
「、名前...さん?」
「どしたの?そんなびっくりして」
「でっかくなってる」

飛雄がぼそりとそう呟くと、名前は「え?!太ったかな?」と自分の顔をぺたぺたと触りだすが、飛雄はその腕を取り「おはよ」とキスをする。

「ふふ、おはよ」
「俺...やっぱり息子も娘もどっちも欲しい」
「え?!」

朝から飛雄の謎発言に名前の頭にはクエスチョンマークが浮かんでいるが、飛雄は夢のような時間を思い出し1人微笑んでいた。



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