小説 | ナノ


▼ 七夕

「影山くん、これなんて書いたの?」
「バレーボール!」
「バレーボールかぁ...」

わたしは自分の担任している生徒の短冊を確認しながら、ただ1人だけ解読不能の文字があり本人に確認することにした。影山くんは祖父のママさんバレーで一緒にバレーをしているとこの間の家庭訪問で聞いたが、そっかこれバレーボールって書いてたんだと子供特有の愛らしさに思わず笑顔になった。

「バレーボール選手になりたいの?」
「うん!強いやつといっぱい試合する!」
「そっかそっか」
「先生は?」
「ん?」
「バレー、好き?」

プリントの裏にバレーボールらしきなものを落書きしながら影山くんがわたしに聞いてくる。

「うーん、先生運動するの苦手だから自分ではしないけど」
「うん」
「影山くんがバレーしてるとこは先生見てみたいかな」
「わかった!」
「ん、じゃあ先生とカタカナの練習しようね?」

にっこり、と影山くんに微笑みかけると「ゲ!」と顔に書いてありさっきまでの嬉しそうな顔は一瞬で消えてしまう。影山くんは字が汚いというよりは、まだ反転文字によくなってしまうのでお手本があればなんとか書けるようだった。

「バレーボール、せんしゅになれますように」
「おれゆ、きらい」
「頑張ろう!上手に書けないと織姫も彦星も読んでくれないよ?」
「...うん」
「上手上手!」

力いっぱい握られている鉛筆は今にも芯が折れてしまいそうだが、なんとか最後まで書き切ることができた。

「できた!」

わたしは子供のこの顔を見るたび、教職への道は辛く大変なことがたくさんあったけど選んでよかったなと心から思う。上手に書けたと喜んでいる影山くんの頭を撫でてやり「よくできました」と褒めると嬉しそうににこにこ笑っている。その顔がとても可愛くて、七夕の時期になると何年経ってもいつも思い出していた。

結局影山くんの担任を受け持ったのは1年生の時だけで、わたしからしたら個性的な生徒だったのでよく覚えていたけど影山くんからしたらわたしは記憶に残らない先生だっただろうと思う。中学はバレーの強豪校に行ったと聞いたけど、その後彼はどう過ごしてるんだろう。と思い出したタイミングで男子バレーの日本代表になったと聞いてとても驚いたのがまるで昨日のことに思える。

「七夕のエピソードはありますか?」

朝の情報番組を見ながら、今年の七夕は雨かぁと憂鬱な気分になっているとテレビから随分大きくなった影山くんの声が聞こえた。

「小1んときに、字が汚すぎて読めねぇって短冊書き直ししました」
「ほんっとコイツ字汚ぇ、んすよ!」
「あ?!うっせーな日向ボケ」
「あん時の先生嫌な顔一つせず俺が書き直すの待ってくれて、優しい先生だなって思った。っス」

あの頃のまま体だけ大きくなったかのような影山くんは隣の日向選手と口喧嘩をしながらもエピソードトークをしていて驚いてコーヒーをテーブルに溢してしまう。

「本当に、汚かったもんな」

ふふふ、とわたしと影山くんしかわからない思い出を思い出しながら雨で憂鬱だった気持ちはすっかり晴れて今日も良い1日になりそうだと家を出た。



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