小説 | ナノ


▼ 通りすがり様

恩師と話し終えると、目の前に見覚えのある姿があり思わず名前を呼んでしまう。

「名前...!」
「あ、えっと」

もじもじと恥じらう姿は今まで見てきた名前の姿と結び付かず、少し可愛らしいと思ってしまう。
「また、会えると思っていた」と率直な感想を告げると、名前が目を見開く。目元がキラキラと反射していてとても綺麗だと思ってしまった。

「今日も、格好良かった。ああ、バレーしてる若利くんのこと好きだったんだなぁって」

込み上げてくる涙は必死に抑えているように見え、2年ぶりに姿を見せた名前は大人びていて俺の知らない女性になっていた。

「これからも、影ながら応援していい?」

なぜ、影ながらなんだ。そう聞き返したかったが理由を聞いても納得できなければ意味がない「いや、」と話を遮り気持ちを伝えようとする。

「ごめん、嘘。もう来ないから安心して」

悲しそうな顔をしてその場を足速に去ろうとする名前を見て、言葉選びを間違えたことに気づく。咄嗟に伸ばした手で名前の腕を掴むと折れてしまうんじゃないか、というくらい細くて驚いた。

「応援するなら、堂々としてくれ。お前が応援してくれていると、俺は嬉しい」

やっと目が、合う。そこでやっと今まで名前が俺の目を見て話していたことにやっと気付く。なぜなら今日は、まだ一度も目が合っていなかったからだ。周りにちょうど人もおらず、俺はずっと胸の内にあった気持ちを名前に吐き出した。

「そしてあの日は、すまなかった」
「それは、もういい。わたしスポーツ選手の恋人とか面倒臭そうだし、影山くんの奥さん見てたら結婚なんてもっと大変そうだし。こうやって若利くんが活躍してるところ応援してるのが楽しいって気付いたから」
「そう、か」

上手く言葉が出てこない。名前がずっと、自分のことを好きだといつから勘違いしていたんだろうか。今日だって「格好良かった、好きだ」と言われるとばかり思い込んでいた自分に思わず嫌悪感を覚える。

「だから世界中どこにいても、応援してるよ」

でも今目の前の名前は、また応援してくれると。その言葉だけで充分ではないか。彼女には彼女の人生があるし、俺には俺の人生がある。それなのに、大切な時間とお金を使って会いにきてくれている。そして、どれだけ会いたいもと思っても俺からは会いに行くことが出来ない。この関係がどれだけ危うくて、美しいものか俺には分かっていなかった。

名前の名前を呼び、もう一度引き止める。

「バレーは、好きか?」

ずっと、聞いてきたことだ。俺が強くあればバレーを好きになってくれる。そう、思っている。俺は名前の居ないところでもちゃんとやっていたぞ。

「うん、若利くんのおかげで大好きになった!また来るね!」

(ーああ、綺麗だ)

名前の笑顔を久しぶりに近くで見て、俺は安堵した。ああ、またこれで今まで通り名前に応援してもらえる。俺の埋まらなかった心の中にすとん、と名前がハマった気がして嬉しくて胸が暖かくなった。

だが、その後名前の姿を見ることはなかった。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -