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▼ みき様

「本日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、不慣れでご迷惑をおかけするかもしれませんがよろしくお願いします」

ぎこちない笑顔を浮かべて、名前さんが椅子に座る。いつもより少し緊張しているのか、笑顔が固く俺はリラックスしてもらおうと話しかける。

「まあ、雑誌に載る前に確認もしてもらえるんであんまり気負わず思ってること言ってもらって!影山の愚痴とかも全然大丈夫なんで!」
「ふふ、飛雄くんの愚痴なんてないですよ〜」
「今日このインタビューお願いするのに何回影山説得したか...!俺が愚痴りたいくらいだわ」
「その節は本当にありがとうございました」

そう言ってくすくす笑ってる名前さんは少し緊張がほぐれたのかいつもの名前さんに見えて俺も安心する。

「では改めまして、山本あかねと申します。この度は快く取材を引き受けて下さりありがとうございます」
「影山名前と申します。こちらこそ飛雄くんのこと良く知ってる方で安心しました」
「あれ?そうなんだ」
「ええ、お兄さんがバレーやってたそうで飛雄くんと合同合宿とかしてたんですよね?」
「そ、そうです!」
「あとあれ!読みました!妖怪世代を追え!とてもよかったです」
「え?!ありがとうございます...!」
「あ!あの時の女の子か!?」

名前さんに言われるまで全く気づかなかったが、当時学生の子が妖怪世代つまり牛島、影山、星海をインタビューしたいとアポを取ってきて驚いた記憶がある。「その節はお世話になりました」と簡単に挨拶を済ませ、本題に入る。

「ずばり今回のメインテーマから早速伺ってもよろしいでしょうか?」
「...そんな大それたことは言えないんですけど」
「"男子バレー日本代表、影山飛雄選手を支えた妻"というわけですが実際大変な日々を過ごされたかと思います」
「ふふ。そうですね〜、でもわたし特に大袈裟なことは何もしてなくて。ただ毎日飛雄君におはよう、愛してるよ、いってらっしゃい。おかえり、愛してる。おやすみって言える生活をしてたんです」

この時、名前さんの顔があまりにも優しそうでこれは後で影山に言ってやろうと決めた。

「す、素敵です...!」
「山本さんは、好きな人います?」
「いえ!」
「この人のためなら何でも出来るし自分の出来ること全てしてあげたい。そう思ったのがたまたま飛雄くんで。そしたら飛雄くんもたまたま、わたしを選んでくれて。一つでもボタンの掛け違いがあったら結ばれることはなかったわたし達が今こうして一緒にいれるのは奇跡以外の何者でもなくて。毎日ただただ飛雄くんの支えでいれることが嬉しくて、気づいたら何年も経ってました」

ふふふ、と笑ってみせる名前さんに山本さんは完全に圧倒されている。まだあまり恋愛経験のなさそうな彼女は羨望の眼差しで名前さんを見つめながら次の質問を必死で考えているようだった。

「プロアスリートの妻として、心がけてることはなんでしょうか?」
「家に帰ったら、1人の男性として心から愛することです」
「心から...!」
「はい。後は、家にいる間はバレーの話はほとんどしませんし、飛雄くんがいてる時はあまりバレーの映像は見ないようにしてます。もちろん飛雄くんから話してくる時は聞きますし、飛雄くんが遠征で家を開けてる時は過去の映像とかを子供達と一緒に見たりもします。つい、寂しくて」
「名前さんは影山選手の高校時代からファンということですがどこでお知りになったんですか?」
「春高の、試合をテレビで見たんです。たぶん当時の1日目、かな?そしたら飛雄くんがあまりにも綺麗で。それまでバレーは見たこともやったこともなかったんですけど。居ても立っても居られなくて次の日会場に行きました」
「こ、行動力が凄まじいですね...!」
「そこから飛雄くんの公式戦はほとんど見たかな?あ、リオだけは行けなくて今思い返しても悔しいです」

そう言って悔しそうに笑ってみせる名前さんを見て、当時のことを思い返すがあの時は色々本当に大変だった。名前さんも同じ気持ちなのか俺と目が合って苦笑いをしてくる。

「その時はまだご結婚されて、、?」
「これはオフレコでお願いしたいんですけど...」
「わかりました!」
「その時はまだ結婚どころか付き合ってもなかったんですけど、飛雄くんにリオは危ないから来るな、ファン辞めろって言われて散々で。ふふ」
「俺さぁ、あん時影山から名前さんと付き合いたいからファン辞めて欲しいって言いました!って言われて結構本気で怒ったからね?」
「え!そうなんですか?」
「か、影山選手ってユニークな方ですね...?」
「無理しなくていいですよ。飛雄くん、ちょっと変わってるんです」

当時のことを思い出して楽しそうに笑う名前さんと、影山のイメージと結びつかないのか何とも言えない顔で山本さんは次々へと質問をしていく。

「現在はお子さんがお二人で、良くお子さんを連れて試合を観に来られていたとファンの方にも有名ですがお子さんにもバレーをして欲しいなどはありますか?」
「それがねぇ、良く言われるんですけど全くないです。もちろん本人達がしたい、って言うなら別ですけど。小さい頃からプロの試合ばかりを見せて来たので、バレーはするものじゃなくて見るものだと子供達が思ってるのも大きいかもしれません。わたしと飛雄くんの間で、家族でビーチバレーするくらいがいいねってよく言ってます」
「ビーチバレー!楽しそうですね!」
「山本さんも今度よかったらぜひ一緒にやりましょう」
「ありがとうございます」

にっこりと嬉しそうに笑う山本さんは、本当にバレーが好きなんだなと見てるだけで伝わってきて気持ちがいい。「あと、」と少し言いづらそうにする山本さんに名前さんが優しく「何でもどうぞ?」と微笑む。

「影山選手が、引退される日が来るとしたらどんな言葉をかけますか?」
「それはもちろん、おはよう愛してるよ。いってらっしゃいと見送ります」
「いつも通りの朝、ということですね」
「もちろん飛雄くんのバレーが大好きなんですけど。飛雄くんがどこのチームでプレーすることになっても、引退することになっても、わたしが毎日することは変わらないんです」
「なるほど...!」
「そして、わたしがしてることも別に特別なことは何もなくて。ご結婚されてる方、世の中のお母さん達と一緒なんです」
「世の中の、お母さん達...」
「はい。愛する家族の健康を守りたい、ただそれだけです」
「素敵なお言葉をありがとうございます。最後に影山選手にメッセージを頂けますか?」
「飛雄くんにですか?うーん...?」
「普段の感謝でも、なんでも構いません」
「あ!一個愚痴ってもいいですか?」

名前さんがイタズラっぽく笑い、山本さんと俺に確認してくる。ここにきて影山の愚痴が聞けると思っていなかった俺たちは少し意外な気持ちと面白そうだ、という期待でわくわくする。

「最近ハマってるドラマがあるんですけど、飛雄くんがいる時に見てると俳優さんに嫉妬して続きを見せてくれないので怒ってます!テレビゆっくり見せてください!」
「...あはは!ごちそうさまでした!」
「お前ら本当ブレないよな〜?」
「今日は貴重なお時間ありがとうございました」
「こちらこそ途中からインタビューってこと忘れて普通に楽しんじゃいました」
「山本さん、こちらから送りますね」
「今度よかったら遊びに来てくださいね」
「ありがとうございます!失礼します」

後日、名前さんのインタビューが載った記事は売れに売れてSNSでも大反響だった。もちろん綺麗事だと言う人もいれば、感動した、影山夫婦最高、など様々な意見で賑わっていた。名前さんも「賛否両論あるのはもちろんわかっていたし、大丈夫です」とさすが母親は強いなと感心する。少なくともこのインタビューで影山がどれだけ名前さんを愛し、愛されているかは世間に伝わったと思う。「今回限りですよ」と影山に散々念を押されていたが雑誌の重版も決まりこれはどうやら今回で終わりそうにないな、どうやら俺はまた影山を説得しなければならないらしい。



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