小説 | ナノ


▼ 杏樹様

「見て、あの子でしょ?牛島選手の厄介」
「見た目から地雷臭すごくない?」
「ここアイドルの現場じゃないんですけど〜?」

そんな声が聞こえてくるけど、まじどーでもいい。だってわたし、若利くんの彼女なんだもーーーん!!!!!!!

若利くんと付き合ってから、一ヶ月くらいが経ったけど特に前と何も変わることはない。試合も絶対毎回見にいくし、サインももらうし出待ちもするしプレゼントもする。オタクとして負けたくなかった。でも、試合後にこっそり会えるこの時間が本当に幸せでもう絶対別れたくない。別れるなら若利くんを殺してわたしも死ぬ。

「若利くん!」
「名前、待たせたか?」
「ううん!全然!」

若利くんの最寄駅でいつも待ち合わせして、一緒に若利くんの家に帰る。正直今日だって3時間くらいファミレスで待ってたけど若利くんに会えたこの瞬間で3時間なんてむしろお釣り帰ってくるレベル。どうして若利くんがわたしと付き合ってくれてるのか、正直わかんないけどわたしは若利くんのこと大大大好きなので正直どーでもいい!お金払わなくても会えて、時間気にせず話せて。人の目気にせずイチャイチャできるなんて彼女ってサイコー!

「今日は随分と機嫌がいいな」
「ふふ。若利くんに会えたからだもん」
「......そうか」
「何?その間は!」
「いや、名前はいつも気持ちを素直に伝えれて偉いと思っただけだ」
「先生かよ!」
「俺も、会いたかった」

聞きました?みなさん聞きました?若利くんの唐突のデレにわたしは一瞬で顔が真っ赤になるのがわかる。これだから、若利くんはずるいんだよ。嬉しすぎて思わず腕に絡みつくと「外だからな」と怒られしゅんとする。振りまくってたわたしの尻尾がしょんぼりしたのに気付いたのか、若利くんが耳元で「家に帰ってからだ」と優しく言ってくれるのでそれだけでもう昇天してしまいそうだった。いや、変な意味じゃなくて。

若利くんの家はいつきてもシンプルで、わたしの私物がところどころ置いてあるのを毎回見てはにやけてしまう。だって真っ白なベッドにわたしのピンクのクッションがあるの愛おしくない?手洗いうがいを済ませて、若利くんにくっつきたくて側をうろうろしていると若利くんが腕を広げて「おいで」と言ってくれて、心臓いくつあっても足んないです!

「う〜〜〜すき!」
「俺も、好きだ」
「現実?死なない?」
「現実だし、名前が死ぬのは嫌だ」
「好き!ちゅーして?」
「あまり、煽ってくれるな」

若利くんは困ったような顔をして、わたしをぐっと抱き上げそのままキスをしてくれる。幸せで、愛おしくて若利くんにぎゅっと抱きつくとソファに降ろされて「なんで降ろすの?」と思わず寂しくて聞いてしまう。

「手が空いていないと、名前に触れない」

はい、死ぬわ。今日命日でもいい。もう完全に目がハートになってしまって若利くんを見つめる。好き!好き好き好き!もう世界で一番大好き!若利くんしかいらないもん!若利くんの頬を両手で支えて長めのキスをすると、わたしの唇を若利くんの舌が割って入ってくる。気持ちよくて、頭がふわふわして。

「、ん...わかと、しく...ん」
「何だ」
「幸せ」
「ああ、そうだな」
「ずっと一緒にいようね」

返事の代わりにおでこにキスをされ、わたしの体に触れていた大きくて大好きな手も離れて行く。ああ、やってしまった。若利くんに嫌われたくないのに、重いことを言ってしまった。離れて行く若利くんが名残惜しくてぎゅ、っとシャツを掴んで「どこ行くの」と聞いてしまう。

(ああ、本当はこんな子供みたいなこと言いたくないのに!わたしのバカ!)

若利くんはまた困ったようにふわ、っと笑ってわたしの頭を撫でてつむじにキスを落とす。

「初めて名前を抱くのに、ソファでは良くないだろう」
「え!」

弾かれたように顔を上げると少し恥ずかしそうに目を逸らす若利くんがいて、今日勝負下着にしてきてよかったと心から思うのであった。

お姫様抱っこをしてもらい、若利くんのベッドに降ろされた瞬間手が滑ったのか頭を強く打ってしまう。あ、死ぬ。

「は?本当に死ぬんだけど」

死ぬ...!と思って目を開けると見慣れた自分の部屋の天井で。今までの幸せな時間は全て夢だったのだと悟る。

「病んだ...だる...」

朝から最悪の気分で、今日の現場干してやろうかと思ったけど昨日の夜若利くんに「大好きだよ〜結婚しよ!」と送っていたDMに「ありがとう。結婚はしない」と返事が来ていたのでいっきに機嫌が治る。

彼氏とのデートより念入りに化粧とヘアセットをして、今日もお気に入りの厚底を履いて家を出た。大丈夫、今日もわたしが世界一若利くんのこと好きだしわたしが世界一で一番可愛い!そんなおまじないをかけて、現場へと向かった。



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