小説 | ナノ


▼ ウォル様

飛雄と別れてから、というもの特にわたしの生活は変わることなくごく普通の生活を送っていた。たまに噂で聞く飛雄はどんどんバレー選手として名を轟かせていてやっぱりわたしなんかが一緒にいれるような人じゃなかったんだなと腑に落ちる。

「名前ちゃん久しぶり〜!」
「仁花も久しぶり!綺麗になってる〜!」
「名前ちゃんこそ!」

乾杯と同時に喉を通るビールの炭酸が気持ちよくて、いっきにごくごく飲んでしまう。就活が落ち着き、久しぶりに会うことになったが久しぶりだなんて一瞬感じるだけで気づけば高校生に戻った気分で話が弾む。元クラスメイトの誰々が、どこに就職して誰と付き合ってて。元担任が移動してあの高校にいる。そして、飛雄の話題になる。

「影山くんと日向もねこないだ仙台帰ってきて、試合してたんだよ〜!あ、私が言わなくても知ってるよねそれでね!今日ね!、名前ちゃん?」

仁花の何気ない一言に箸が止まる。別れたことをそういえば言えてなかった。あの時は誰にも会いたくないし聞かれたくなかったから、でも今はもう笑って思い出話にできる。でも待って、飛雄と会ったなら飛雄からなんで聞かなかったんだろう。

「あの、ね」
「ん?」
「飛雄とはとっくに別れてる、よ」
「っ、え?!?!」

わたしの発言に驚いたのか食べていたものを喉に詰まらせむせてしまっている仁花に水を差し出す。

「飛雄から聞いてない?」
「き、聞いてない...!え?こないだ会った時何も言ってなかったし名前ちゃんのこと話した時もそんなこと一言も...!」
「ふふ、もしかしたらもうとっくに過去のことでわざわざ言うまでもないから、かもね」
「...そんなこと!きっと影山くん名前のこと今も、」
「いいよ。そもそもわたしが耐えらんなくなって別れたんだし、飛雄がどう思ってるかはどうでもいいんだ」

そう告げると仁花はこれでもか、というほど眉毛をぎゅんと下げて泣きそうな顔をする。だから、言いたくなかったんだ。自分の気持ちにやっと折り合いがつけれたのに目の前でこんな顔されたらすぐに気持ちが引っ張られてしまう。誰と付き合ってても、どんなに楽しいと思っていても、気づけば飛雄を思い出すし会いたくなっていた。そんな自分の気持ちを無視してもう何年も生きてきたんだ。ぐっと喉に力を入れて我慢をしていたけど、耐えきれずに涙が流れる。仁花はそんなわたしを見てつられて泣いていて2人で賑やかな居酒屋で目を真っ赤にするまで泣いてしまった。今だけは、この賑やかさがありがたかった。

「わたし、飛雄が知らない人みたいになっていくのについていけなくて。寂しくて、怖かった」
「うん」
「もともとバレーしてる飛雄のこと好きになったわけじゃないし」
「、うん」
「なんで、っ普通に好きなだけなのに周りから見られたり言われたりしなきゃいけないんだろ、って」

もう限界だった。何年も前の話、と言ってしまえばそうなのだがわたしにとってはつい先日の話のように心に残っている。

「それが理由か」

嘘だ、嘘だ嘘。そんなこと、あるはずない。振り返れずに顔を覆っていると、振動と温もりを肩に感じる。「ウーロン茶下さい」と言っている声に心の底からどうしようもない気持ちが湧き上がる。荷物を片手でかき集めて席を立とうとすると大きい手で止められる。

「逃げんな。話、ある」
「わ、たしはない」
「お前になくても俺にはある」
「ひと、仁花...!」
「ごめんなさい!私、別れてるなんて本当に知らなくて。その、影山くんにこの間会った時に名前ちゃんと会うって言って、その!」
「谷地さん悪ぃ。こうでもしねぇとコイツと会えそうになくて」

それもそのはずだ。わたしは飛雄と別れてから連絡手段は全て断った。まだ好きだったから、無理にでも拒絶しないと余計にしんどい思いをすると自分でわかっていたからだった。仁花が荷物をまとめて席を立とうとしてるのがわかり引き止めるが「ごめんね」と謝るだけで止まろうとしない。

「仁花...!」
「あのね。影山くんが、名前に勉強教えて欲しいって言ってきたの」
「え?」
「谷地さんといつも一緒にいる、あの人に勉強教えてもらいたいって言ってきたの。意味、わかるよね?」
「...」
「私は名前ちゃんのことも、影山くんのことも大切な友達だと思ってるから2人がすれ違ったままならちゃんと話し合って欲しいと思ってる。話し合っても、ダメだったらまた一緒に泣こ?」
「ひ、とか...」

そう言って仁花は「影山くん、名前ちゃんのこと次泣かしたら私が許さないからね」と言ってお店を出て行った。飛雄は運ばれてきたウーロン茶を一気飲むと「出るぞ」とわたしの鞄を引ったくって会計をして店を出る。飛雄がタクシーを拾って、わたしのことを先にタクシーの中へ押し込む。逃げられないようにずっと腰を持たれていて正直心臓が爆発しそうだった。飛雄は何年か会ってない間に大人の男の人になっていて、どこを見ていいかわからないくらいずっとドキドキしている。でも、たまに香ってくる匂いはわたしの知ってる飛雄の匂いで。

タクシーを降り、飛雄に手を引かれて到着したのはわたし達が高校生の時によく会っていた公園だった。星がよく見える、人気のない公園。初めて、飛雄とキスしたのもここだった。

「遠回しなこととか、なんか良い感じのこととか俺には言えねぇからハッキリ言うぞ」

飛雄がわたしの目を見て、そう告げる。飛雄の目に不安で堪らない迷子のわたしの顔が映っていて逃げ出しそうになる。

「好きだ」

何も、声が出なかった。

「名前には、寂しい思いとか、辛い思いとかすげぇさせちまったし。もう俺のことなんか忘れて暮らしてるって思ってるけど。お前にちゃんと言わねぇと後悔するって思った」

今度は、飛雄が不安そうな顔をしてわたしを見つめる。

「もうすぐ、日本を出る」

その言葉に背中を押されたのか、声がやっと出た。「え?」という声は蚊の鳴くような小さな声だったが、飛雄の耳にはちゃんと届いてた。

「ローマのチームでプレーすることになった。前は上手くやっていける自信がなかったから言えなかったけど、名前に付いてきて欲しい」
「、バカ、なの?」
「俺がバカなのはお前が1番知ってんだろうが」
「わたし達、別れてから何年経ったと思ってんの?」
「知らねぇ。でも俺は、お前と別れてから名前のこと好きじゃなくなった日なんて1日もねぇよ」
「わ、たし就職も決まってるし、その」
「会社は名前以外でも代わりはいるけど、俺には名前しかいねぇ。お前の代わりは、いねぇんだよ」
「なんでそんな、自分勝手な...」
「東京出る時、本当は名前のこと無理矢理連れて行くつもりだった。でも、我慢したら振られた」
「っ、それは...!飛雄は悪くないよ。わたしが、!」
「どっちが悪いとか、そんなんはどうでもいい。俺は、お前が好きで一生側にいて欲しい。それがこの何年間離れて気付いたたことだ」

飛雄の真剣な眼差しから目を逸らせずにわたしはただただ涙を流して立ち尽くしていた。飛雄は遠慮がちにわたしに一歩、近づいてわたしのことをギュッと抱きしめる。

「名前は、俺がいなくても平気だったかもしんねぇけど。俺はバレー以外でこんなに執着したのはお前だけだ」
「平気なんかじゃ、ない。ずっと、飛雄のこと考えてた。でも、わたしなんかじゃ...!」

その続きは飛雄に唇を無理矢理封じられて、言葉にすることはできなかった。

「俺が名前がいい、つってんだから周りとか関係ねぇ」
「...ほんっと、王様だよね」
「王様って言うな」

涙でぐしゃぐしゃな顔で飛雄と向き合って、精一杯背伸びをしてわたしから飛雄に口付ける。久しぶりのキスは、まるで初めてしたキスと変わらないくらい下手くそで。少し恥ずかしくなってしまう。

「よかった」
「何が?」
「名前がキス、上手くなってなくて」
「...バカ」
「久しぶりに会ったら、俺の知らない名前になってたらどうしようって実はすげぇ緊張してた」
「勝手に置いてったのは飛雄でしょ。そんな格好良くなっちゃって」
「名前は、昔から綺麗だ」
「...好き。どうしようもないくらい、好きなの」
「知ってる」

どちらともなく、唇を合わせて。それからおでこを合わせて、笑い合って、また唇を合わせる。あの日と同じくらい星が、綺麗な夜だった。

正直これから、どうするかなんて決めれないしローマについて行くなんて夢のまた夢だ。それでも、わたしから飛雄の手を離すことはもうないし飛雄がわたしを好きだと言ってくれることだけ信じようと思う。

って、思ってたんですけど。

「名前さんと結婚させてください!」

と、あの後わたしを送り届けた飛雄が夜遅くに両親に挨拶をしてしまい事情が変わった。わたしは来年の春、影山名前になりそうです。



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