小説 | ナノ


▼ ウォル様

「もう、終わりにしよう」

飛雄はわたしが何を言うかあらかじめわかっていたようで、何も言わずに頷いて去って行く。ああ、これで終わりかぁ。なんて他人事のように思っていたが、やっぱり別れるの辞めにしよう好き、ごめん。そう言いかけて、辞めた。だってもう頑張れない。飛雄の彼女でいるの、疲れた。

はじまりは高校1年生、仁花と同じクラスだったわたしは飛雄の勉強を見てあげることが多くて気づいたら好きになってたし、付き合っていた。正直わたしはバレーにはあまり興味がなかったし試合もほとんど観に行ったことがなかった。だって、試合中の飛雄はわたしの知ってる飛雄じゃなくて全然知らない別の誰かに見えた。

勉強がわからない、と口を尖らせて。眠さのあまり白目を剥いたまま寝てしまったり、問題が解けたら嬉しそうにガッツポーズをして。日向くんとどっちが点数を高いか競ったり、「いつも勉強教えてくれてありがとう」と自分の好きなぐんぐんヨーグルを買ってくれたり。

「お前のこと、好きだ」
「わ、わたしも!影山くんのこと、好きだよ」
「付き合うか」
「いいの?」
「何が」
「部活、忙しいんでしょ?」
「部活と、苗字は別だろ」

そう言ってくれる飛雄の顔を、忘れた日なんてないよ。ごく当たり前に、普通のことのように言ってのけた飛雄は照れもしてなくて真っ直ぐわたしの目を射抜いていた。ああ、好きだなぁ。なんて、ずっと好きだなぁ。なんて、この時は素直に思えた。

「影山先輩の彼女、あの人だって」
「えー?普通だね」
「ちょっと、残念」

そんな声が聞こえるようになったのも、飛雄とわたしが高3に上がったタイミングで。2年生の時も確かに飛雄は人気だったけど、この時はまだ性格のキツさの方が目立っていた。3年になると急に大人びた飛雄は、どこからどう見ても格好良くて下級生の憧れのマトだった。

わたしが1番なんで自分が飛雄の隣にいるんだろう?って思ってたし、何回も考えた。でも、飛雄が嬉しそうにわたしの名前を呼ぶ度、キスをする度、こっそりと体を重ねる度に「ああ、好きだな」と気持ちが更新されていた。だから、飛雄が東京に行くって聞いた時も最初はどうにかなるって思ってた。

「東京、?」
「おう。あっちのバレーチームでプレーすることにした」
「そっか!頑張ってね」
「名前も大学頑張れよ」
「うん。それにしても飛雄に一人暮らしなんてできるの?」
「...」
「飛雄?」
「ついて来い、つったら来んのかよ」
「...む、無理だよ!大学ももう決まっちゃったし、その、」
「悪ぃ。なんでもねぇ、忘れろ」

そう言ってわたしの頭を髪型がぐしゃぐしゃになるまで撫でて、せっかくセットしてきたのにとむっとする。けど、飛雄がわたしより悲しそうな顔をしてるから何も言えなかった。この時、もう少しちゃんと話しておけばよかったななんて今思ってももう遅いけど。

人生はじめての彼氏と、人生はじめての遠距離恋愛がスタートした。クラスは違えど、毎日会えていた飛雄と会えなくて。電話ももちろん毎日なんて出来なくて。周りがどんどん大学内で付き合ってるのを見て少し羨ましく思った。どれだけ寂しくて、飛雄に会いたくてもテレビでバレーの試合を見ることはできなかった。

「もしもし?」
「名前、今平気か?」
「うん、大丈夫。飛雄こそ最近どう?忙しいんでしょ?」
「あぁ。でもすげぇ楽しい」
「ふふ、よかったじゃん!」
「でも」
「ん?」
「名前がいねぇから、つまんねぇよ」
「...バカ」
「照れてんのか?」
「わたしだって、飛雄いないとつまんないよ」
「可愛い。会いてぇな」

この電話から、3日後に飛雄のスキャンダルが発覚する。嘘だって、誤解だってわかっていたけど、しんどかった。だって、飛雄の隣にいた女の人はわたしとはかけ離れたモデルのような女の人だったし、飛雄も少し嬉しそうに見えた。

...頭では、わかってるのに心がついてこなかった。

もちろん飛雄からは弁解もされたし、会いに来ようとする飛雄を止めるのに必死だった。でもそれも2回、3回になってくると飛雄もだんだん雑になってきて5回目のスキャンダルは電話すら来なかった。「違うってわかってるだろ?」わかってるけど、言ってくれないとわかんないよ。

長期休暇を利用して、飛雄に会いに行く。久しぶりに会った飛雄はすっかり大人になっていて、電話越しに見ていた顔より大人びていた。まるで、知らない人みたいな飛雄にわたしも萎縮してしまって正直楽しくなかった。戻れるなら、出会った頃に戻りたい。勉強をわたしが教えてあげられる、飛雄に会いたい。烏野高校の影山くんに、会いたい。



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