小説 | ナノ


▼ 影山と隣人

「影山さーん。またです〜」

さすがに顔見知りになってしまった今、無言でインターホンを鳴らすのは失礼かと思いそう話すと申し訳なさそうにお風呂上がりであろう影山さんが姿を表した。

「、な!」
「シャワー浴びてて。すいません」
「いや、その」
「寒いんで閉めていいすか?」

はい、と言う言葉とともにわたしの体は影山さんにぐっと引き寄せられ何故か今家の中にいる。いや、おかしいでしょ。この人危機感というか、なんか色々どうなってんだ?!とツッコみたいのも山々だったが頭を拭きながら風呂場に戻って行ってしまい影山さんが頼んだカレーとわたしは玄関に残されてしまった。

(ど、どうすれば...)

玄関できょろきょろしていると風呂場から影山さんがひょこっと顔を出して「入らないんすか?」とさも自分が当然かの言ってくるのでああ、この人わたしのこと配達の女だと思ってるんだな?!と開き直ってしまう。隣に行くだけだからと履いていたクロックスを脱ぎ、ずかずかとリビングへ入って行くことにした。付き合ってもない男の人の部屋に入るのは初めてで、正直ものすごく居心地が悪いがそれ以上に部屋がとっ散らかっていて驚いた。あの人あんな涼しい顔してこんな散らかった部屋に住んでるんだ...!なんだか遠い存在に感じていた影山さんが家の中では年相応の男の子に感じれて親近感がわく。

「あ、散らかっててすいません」
「忙しかったみたいですね」
「...遠征長くて久しぶりに帰ってきたら洗濯のやり方わかんなくなって」
「ん?」
「なんかすげぇびしょびしょなんすよ」

いやそれ脱水できてないのでは?というツッコミをほぼ初対面の年下男子にしていいのかわからず、わたしはグッと飲み込んで「ははは」と笑ってあげることにする。

というよりわたしはなぜ今この家に入ってリビングでカレーを持ったまま立ち尽くしているのだろうか。影山さんが服を着て戻ってきたので散らかってるテーブルを少し片付けてカレーを置く。

「じゃあ、わたしはこれで」
「お土産買ってきたんでちょっと探すんで待ってください」
「お土産?」
「ハイ。大阪名物らしいんすけど、おじさん?のチーズケーキっす」

断れる余地もなく、ぐいとおじさんの顔が描かれた紙袋を渡され影山さんがカレーを持って台所へ向かう。そのまま電子レンジに突っ込もうとするので今度こそツッコミを入れてしまう。万が一にもこの部屋が火事になったらわたしの部屋だって燃えてしまうからだ。

「ちょ、それ!そのままはダメ!!!です」
「あ?そうなんすか」
「なんか耐熱皿に移してからしないと」
「たいねつ?ざら?」
「あーーーー、わかった。ちょっと待っててください。あと洗濯今からするやつカゴにまとめといてください」
「洗濯はとりあえずいいんで、腹減りました」
「洗濯を!カゴに!まとめて!置いてください!」
「う...ウス」

影山さんは目をまん丸に開いて床に落ちてる洗濯物を拾い始める。大きい体を曲げて床の洗濯物を拾ってる姿が少し可愛く思えるけどこれは絶対に顔がいいからであって中身はただのポンコツだと自分に言い聞かせる。

わたしも家事を積極的にする方ではないが、学生時代から一人暮らしをしているので生活の知識としては影山さんより優っているのは間違いない。耐熱皿を自分の家から取り、今度はピンポンを鳴らさずに隣の部屋のドアを開ける。

「これ、大きくて持て余してたので使ってください」
「いいんすか」
「で?洗濯はこれで全部?下着とか触られて抵抗ないですか?」
「俺は...ないす、けど」
「じゃあ洗濯機お借りするのでゆっくりご飯食べててください」

カレーを皿に移し電子レンジに放り込んで、わたしは我が家のように洗濯機の場所へ向かう。だって間取り一緒なんだもん。洗濯機の上に乱雑に置かれた洗剤の中身はなかった。ここまでくるともう動揺することもなく、無言で部屋を出て自分の部屋から洗濯洗剤と柔軟剤を取ってまた無言で戻ってくる。洗濯機のモードは脱水が0分になっていてどうしてわざわざここを触ってしまったんだろうと不思議に思うことしかなくオートに戻してスタートボタンを押した。

リビングを覗くとお腹いっぱいになったのか、影山さんがうとうとしていてちょっとかわ...いやだから顔がいいからだな。うん。

ここまで来たらもうやらないことの方が不自然だなと思い、テーブルの上の洗い物とゴミを片付けて台所に立つ。食器洗剤は切れていないようで猫の形をしたやたら可愛いスポンジを泡立て皿を洗っていく。

薄々気付いていたことではあるが、この部屋にはどう考えても女の影がある。彼女に怒られないか?わたし。玄関には女物のスリッパがあったし、脱衣所にはメイク落とし。可愛いヘアバンドもかかってたし、台所には機能性無視のエプロン。ああ、きっとこういうエプロンをつけて料理する女がモテるんだろうなぁとエプロンをまじまじと見つめてしまう。

「あの」
「っ、はい!」
「なんかすいません。色々してもらって...」
「わたしこそ勝手にすいません。つい手が動いてしまって」
「めちゃくちゃ助かりました」
「でも、彼女さん良い気しないですよね。でしゃばりすぎました」

そう伝えると、影山さんはなぜか照れたように頬をかきながら「振られました」と伝えてくる。いや、なぜそこで照れる?

「えっ、あ、すいません?」
「遠征前に揉めてそのままブロックされました」

思わず吹き出してしまうと、影山さんも笑ってしまっていた。

(あ、笑うと幼く見えて可愛い...)

洗濯ができるまでの間にリビングも少し片付けて、干し終わった後は部屋は見違えるようだった。別に潔癖でもなんでもないし、綺麗好きってわけでもないけどあれだけ散らかっていた部屋が片付いてるのはかなり気持ちがいい。影山さんが手を出すとかえって仕事が増えてしまうのでリビングのソファで大人しく座ってもらっていた。綺麗になった自分の部屋を嬉しそうに見ている姿は正直かなりかわ、いやもう認めるわ。可愛い。この人、ずるい。可愛いんだよな。

「かんぱ〜い」
「乾杯」
「スポーツ選手がこんな時間からお酒飲んで良いんですか?」
「明日もオフなんで大丈夫です」
「ん、じゃあいっか」

部屋からビールとおつまみを何個か運んできて、そのまま影山さんの部屋で宅飲みがスタートした。

「ほら!これ、美味しいでしょ?」
「苦ぇ」
「はは。まだまだお子ちゃまだなぁ」
「あ?貸してください、飲みます」
「ちょっと!無理しなくても...!」

影山さんはお酒を普段はほとんど飲まないそうで、内容のない話をしながらもわたしのペースに合わせてしまい早々に顔を真っ赤にしていた。

「大丈夫ですか?」

もう自分の部屋のように冷蔵庫からミネラルウォーターを取り、影山さんに手渡す。一瞬触れ合った指がかなり暑くて驚いて手を離してしまった。蓋が中途半端に開いていたため床に水がこぼれてしまい急いでその辺にあったタオルで拭こうとすると、腕を掴まれて影山さんの方を見上げる。と、唇が触れ合いそのまま床に押し倒される。いや、背中冷たいんですけど。濡れてます。そんな言葉を発することも許されず、何度もキスをされ頭がとろんとしはじめた。ああ、この人溜まってんだろうなぁなんて失礼極まりないことを考えながら影山さんに身を委ねることにした。



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