小説 | ナノ


▼ 柊様

最初に牛島が違和感を感じたのは、仙台の試合から一ヶ月ほど経ってからだった。仙台で再開を果たした自分のファンが、その後姿を見せなかった。以前は毎試合必ず来ていたし、試合中に見えるところで観戦していた。が、探しても探しても見つからない。最初は声をかけに来ないだけかと思っていたのだが、それにしてもここまで姿を見つけられないのは変だ、と考え出した。だが、結局その後もずっと彼女の姿を見つけることはできなかった。

「大変ご活躍中の牛島選手ですが、ご結婚のご予定などはありますでしょうか?」
「...」
「牛島選手?」

雑誌のインタビュー中にふと結婚のワードが出て一人の顔を思い出す。いつも表情がコロコロ変わって、機嫌も良くなったかと思えば拗ねたり泣いたり、試合中は得点が入るとまるで試合に勝ったように喜んでいて。牛島のことを好きだ、好きだと言う割に牛島が困るようなこともたくさんして、まあそれは牛島のことを好きすぎるが故だということは牛島本人はわかっていたのだが。あんなにも明け透けに好意をぶつけられたことは人生で初めてだったので動揺したと同時にどうしてそこまで、と彼女のことを不思議に思っていた。そんな彼女のことを、ふと思い出してしまっていた。

目の前のライターは牛島の返答がないため、もう一度名前を呼んでみる。

「ああ、すいません」
「どなたかお心当たりが?」
「いや、今は自分のバレーと向き合うことに全力ですので特に予定はありません」

背筋をピンと伸ばしたまままっすぐ前を見据える牛島。

「牛島、インタビューお疲れ様」
「井上さん、お疲れ様です」
「途中ちょっと意識飛んでただろ。疲れか?大丈夫か?」
「いえ、結婚のことを聞かれて思い出したことがあっただけです」
「...そうか」

井上は何かを言いたそうに牛島に声をかけるか迷っていたが、本人の問題だろうと何も言わなかった。

何度考えても、あの日から名前が一向に顔を見せないことの理由が思いつかない。確かにあの日「これからも応援する」と言っていたし、名前の応援は俺に直接会いに来ることしか考えられない。あの名前が家で大人しく応援をしているとは思えないが、もしかして俺に気を遣って嘘をついたのか?とっくにもうバレーには飽きていて、俺があんなことを言ったからそう言わざるを得なかったのだろうか。名前のことを考えても考えても、本人ではないのでわかるわけもなく俺は珍しく心にモヤを抱えたまま過ごすことになった。バレー以外のことでこんなに気を揉むことはないし、気になるのも名前だけだった。それだけは確かだ。自室を見渡せばそこら中に名前の痕跡がある。あれも、これも、それも、全部名前がくれた物だった。だが、物がいくらあっても仕方ない。名前が、いない。ああ、やっと気づいたが俺は名前に会いたいと思っていたのか。

あ、これわたしがあげたやつだな。これも、これも、あっこれも。若利くんの写真がSNSに上がる度に私服にプレゼントであげたものを使ってくれてるかを無意識にチェックして、一喜一憂していたのも気づけば、しなくなっていた。

時間がなくなった、と言えばそれはそうなのかもしれない。ただでさえ忙しい仕事に資格の勉強、わたしのキャパは超えていて癒しを求めて今流行りのアイドルの動画を見る。動画のおすすめ欄に出てくる若利くんの動画は、見る気にはなれなかった。SNSもあまり見なくなった。どうしても今の若利くん、つまり自分が降りてからの若利くんを受け入れられると思えなかったから。

「あ、これ...」

画面をスクロールし、意図せず目に入ってきた若利くんの写真を見て、心臓を鷲掴みにされ身体中が一瞬で燃えたように熱くなる。握りしめたスマホをもう一度見ると、まだわたしのあげたプレゼントを使っていてくれていて嬉しくて目頭が熱くなる。

「あーーー...好きだったなぁ」

そう落とした言葉はわたしの体に跳ね返ってきて、若利くんが好きで好きでたまらなかった頃の自分を思い出す。いつも表情は固くて、機嫌が良い日悪い日もわかりにくいし、試合に勝っても当たり前みたいな顔で。わたしがどんだけ好きって言っても「ありがとう」しか言わないくせに何しても迷惑そうにはしなくて。そんな若利くんのことを不思議に思っていた。若利くんにとっては、わたしはやっぱりただのファンの1人でしかなかったのかな。そんなどうしようもないことを考えて夜は更けていったので、やっぱり精神衛生上よくない。若利くんのことは断つことにした。オリンピックくらい大規模なら観に行ってもバレないかなぁ。

「元気かな」「元気でいるだろうか」

2人の言葉が重なったことには、誰も気づかない。



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