小説 | ナノ


▼ ナカムラ様

規則正しい生活の恋人は、一緒に夜を過ごしても朝はもう姿がないことがほとんどだった。毎朝のルーティンであるロードワークを終えた恋人が帰ってきて、シャワーを浴びて部屋に戻ってくる。

「おはよ」
「ん、おはよ」

朝ごはんを一緒に食べ、出社の準備をしていると恋人が名前の後ろからぎゅっと抱き着き「一緒に住めばいいじゃん」と毎度お決まりのセリフを告げた。

「うーん、住みたいけど。やっぱり聖臣の生活スタイル崩れてプレーに影響出たら嫌やもん」
「俺は自己管理出来る方だし、名前も自立してるだろ」
「ん」

名前はぐる、っと上半身を聖臣の方に向けキスをする。「じゃあ行ってくるね」と告げ玄関に向かい不満そうな聖臣に見送られ、家を出る。不満げな恋人の姿を見るのは心が痛むし、出来ることなら一緒に住みたい。だが、そうできない理由がただ一つだけ名前にはあった。

その理由は男性同士の恋愛に興味があるということだった。自分が男性になりたい、というわけでもなくただ男性同士の恋愛に興味があるし、好きだった。
ただ、その趣味を自覚し現実世界の友人に隠し通して早何年。もちろん恋人に隠し事は良くないことはわかっているが、これだけは死ぬまで黙っておきたいし墓まで持って行くつもりだそうだ。

そして、この大量の部屋に置いてある同人誌を恋人に見られるわけにはいかなかった。他ジャンルのアニメキャラなら漫画で押し通せたかもしれないが、彼女が好きなジャンルは「メテオアタック」更に名前は、今恋人の聖臣に見た目がそっくりのキャラクターが受けのCPにハマっている。そしてただの読者ならよかったものの、彼女は界隈では神絵師と呼ばれており描いた作品をSNSに更新すると瞬く間に拡散されてしまうほどはまり込んでる人物だった。

(昨日聖臣がしてきたプレイそのまま攻め君にしてもらおうかな)

帰宅すると食事もそこそこに筆を取り、一心不乱に絵を描き出した。そう、全ては推しCPのためである。 

「これが一緒に住めへん理由なんて聖臣にバレたらシャレならへんよなぁ...」

一人暮らしの部屋でぼそりと呟いた言葉は自分自身に跳ね返ってくる。少し気分転換にSNSを徘徊していると他CPの絵師が更新しており興奮のあまりすぐに感想を送っていた。締め切りが迫る中、推しの供給は大切で名前はやる気をすっかり取り戻し徹夜で作業を行なっていた。

一方その頃、聖臣は名前といつまで経っても同棲できないことに不満と少しだけ疑いを持っていた。頑なに家にはあげてくれない名前、そして一緒に住んでくれない。ある一定の時期になると会うどころか連絡すら取れなくなることもある。更には常にスマホの通知を気にしている様子に浮気、もしくは既婚者なのでは?と疑ってしまうこともあったようだ。実際にはただイベントに間に合わず缶詰状態で同人誌を仕上げているだけだなんて、聖臣は知らない。知らない方が、良いとも言える。

「そんな気になるなら今度のオフ彼女の後付けてみたらいいやん!」
「あ?」
「いや、今の話」
「俺はお前に言ってない。日向に話してる」
「いや...!俺もそんな経験ないですし、お力になれるとは...」
「臣くん案外女々しいとこあるやん。可愛いなぁ」
「お前殺されたいのか?」

侑のことは気に食わないが、侑の提案は気に入ったようで次の休みの日程を名前に黙っておこうと心に決めていた。

「もしもし、今大丈夫?」
「うん、大丈夫」

今日はすぐに電話に出てくれた、と内心ほっとする聖臣だが名前に気づかれないよう平常心を装う。

「言ってた休み、多分遠征になる」
「え?!そうなん?」
「名前も夕方しか空いてないって言ってたし、丁度良いと思って」
「ぜ、全然...!大丈夫!」
「何か喜んでる?」
「そんなわけないやん...!」
「また埋め合わせはするから」
「うん、忙しいのにいつもありがとう」

電話越しに聖臣が優しく微笑むのが伝わってきて、名前の心は暖かくなる。聖臣も、普段は自分が忙しいこともあり予定を変えたり約束を守れないこともあるのだが名前のこういう言葉に救われている。そして、彼女のことを好きになってよかったと自分の考えは間違いなかったと確信するのだ。

だが、電話を切っても聖臣は心に残る蟠りを消化できずにいた。



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