成人式から数日、わたしはこんなに人生で緊張することが重なるのかと胃をキリキリ痛めていた。応接室、と書かれている部屋をノックし入室する。
「失礼します、この度飛雄さんと結婚させて頂きます。名字名前と申します」
部屋に入りそう頭を下げると、目の前の男性はにこにこしながら「そんなに硬くならないでください。お久しぶりです」と声をかけてくださる。
「広報とマネージャー担当してます井上と申します」
「お、お久しぶりです...」
井上さんとは何度か会場で顔を合わせており、わたしは知っていたのだがまさか相手からも知られていたとは思わず驚く。
「影山から聞きました。この度はおめでとうございます」
「ありがとうございます」
「そこで、まあ今後のご相談も兼ねて今日はお越しいただいたんですが」
てっきり結婚を反対されるものかと思っていたので、井上さんの好意的な態度に安堵する。
「影山にも一応確認はしたことになるのですが、また持ち帰ってお二人で確認してもらっても大丈夫です」
飛雄くんはまだ練習中のようで、井上さんに渡された紙に目を通す。内容としては今後のメディアに向けての対応が主だった。わたしとの馴れ初めやわたしの表記、年齢の公開はするか顔出しはするのか、そう言ったものが細かく書かれていた。
飛雄くんのことを信用してない、わけではないがやはり不安なので隅々まで目を通す。
「馴れ初め、はこれほぼ事実とは異なりますが大丈夫なんでしょうか?」
「まあ今回事実で文字に起こすと色々ややこしいので、これくらい膨らませといていいかなとは思います」
「そうですね...」
「それにしても、影山から聞かされた時は驚きましたよ」
つい反射で「すいません」と謝ってしまう。井上さんは人当たり良さそうな顔で「謝らないでください」と話す。
「いや、結構前に影山にスキャンダルの話をしたことがあって」
「は、はぁ」
「ファンに手出すなって釘刺したら「じゃあファンじゃなきゃいいんすか?!」って物凄い嬉しそうに言われてコイツ彼女いるなって思ってたんですけど、そっちか〜って納得しました」
何と返事していいかわからず愛想笑いで乗り切る。
「今日まで影山が特にスキャンダルも無くバレーに打ち込めてるのは紛れもなく名字さんのお陰だと俺は思ってます。ありがとうございました」
「いや、そんな!わたし、何も」
「ちゃんと影山の口封じて、外では一切会わないなんて普通の女の子じゃ難しいですよ。本当、助かりました」
「あ、いや、その」
「何にせよ感謝してます。これからも影山のこと支えてやってください」
井上さんに頭を下げられ、慌てて「頭上げてください」とお願いをする。影山くんサイドの関係者の方にこんな風に思っていただいていたのか、と嬉しくなる。
その後、井上さんとの話も終盤になったところへドアがノックされ飛雄くんが入って来る。
「お疲れ様です。もう名前さん連れて帰っていいすか?」
「ああ、今日はもういいよ」
「名前さん帰りましょ」
テキパキとわたしの荷物をまとめてくれる飛雄くんに驚きながら、井上さんにお礼を言って部屋を出る。廊下に出ると選手の皆さんが練習を終えて帰宅されるところだったようで見知った顔が多くとても気まずい気持ちで会釈をする。
「影山お疲れ!まだ居たのか」
「星海さん、ちわす」
「って何お前女連れて歩いてんだ!」
「あ、今度結婚するんで井上さんに挨拶しにきたんす」
「お〜おめでとうな!」
どんどん進んでいく話に、星海選手にぺこっと頭を下げる。
「あー!お前あれだ!影山のお気に入りのファンだったやつ!」
「え?!」
「今は彼女で、もうすぐ結婚して俺の嫁です」
「そういうこと言ってんじゃねぇよ」
「名字名前です、よろしくお願いします」
自己紹介をすると、星海選手は豪快に笑ってわたしの肩を叩く。
「コイツの面白い話たくさんあるからまたゆっくり聞かせてやる!じゃあな、結婚おめでとう」
「あ、ありがとうございます!」
「聞かなくていい!」
飛雄くんにそうは言われても、気になるものは仕方ない。「だめなの?」と聞いてみるがだめの一点張りだったので非常に残念な気持ちになりながら一緒に帰路へ着く。こうして一緒に帰るのもあの日ぶりと考えたら感慨深いなぁ、なんて。
「早く同じ家に帰りたいね」
「おう」
握っている飛雄くんの手がぎゅっと強くなり、嬉しくなって頬がだらしなく緩んでしまうけどこればかりは仕方ない。
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