鳥難

 
俺は鳥が怖い。

 子どもの頃から色々な災難、もとい鳥難に遭ってきた。

 例えば遠足の昼食の時間に、とんびが俺の弁当だけ狙いすましたように奪って行ったりとか。運動会で全校生徒がグラウンドに整列している時に、カラスが俺の頭に留まったりとか。朝っぱらから家の庭に、鶏が乱入してきて鳴き叫んだりとか。

 新品のシャツに糞を落とされたりとか、大好きなコロッケパンをつつかれたりとか、そんな程度のことは、一度や二度じゃない。

 この前は、バイト中店内に燕が侵入してきた。一階ならまだしも、俺のバイト先は二階だし、ついでに言えばそれなりにデカイ建物の一番奥にある。ものすごい速さで低空飛行する燕が怖くて、カウンターに立っていた俺は涙目になってしまった。

 あの嘴が怖い。あの翼が怖い。 

 大体何で俺ばかりがこんな目に合うのか。ピンポイントで狙われる。奴らの考えていることが分からない。

 周りの友人からは「小金沢は鳥に好かれているんだ」などと言われたこともある。そんな風には全く思えないが、よしんばもし仮に、本当に俺のことが好きであるならば、もう一切近寄らないでほしい。

 そんなわけで、俺は鳥が怖い。物心ついた時からずっとそうだ。大学生になった今でも変わらない。

 なんだったら、鳥に関係するものも苦手だ。巣箱だとか、愛鳥週間だとか、鳥を連想してしまからだ。

 人様には色々と怖いものがあるだろう。ゴキブリだとか、幽霊だとか、雷だとか。

 俺が一番怖いのは、鳥だ。

 講義が終わって、駐輪場に着いた時、俺のチャリのカゴの中に異物を発見した。

 俺は目が悪い。最初、数メートル離れたところから見た時は、ビニール袋に入ったゴミかと思った。全く誰だよ人様のチャリにゴミなんて入れやがった奴は、と腹立たしい気持ちで近づいてみたら、どうやら違う、ということに気がついた。

 動いている。首を前後に動かして、狭いカゴの中を歩こうとしている。

 ハトだ。ハトがいる。俺のチャリのカゴの中に。

「……………………」

 どう考えてもおかしい。なぜハトがこんなところにいるのか。言葉が出ないまま後ずさると、背中が誰かにぶつかった。

「あ、すみませ――」

 振り返るとひょろりと背の高いイケメンが立っていた。

 名前は確か、ササイだったはずだ。誰かが呼んでいるのを聞いたことがある。目立つ外見だからか覚えてしまった。一年生必修の概論でしか姿を見かけないから、きっと俺とは違う学部なんだろう。

「わぁ、どしたのこのハト? 小金沢が飼ってんの?」

 ササイは外見に似合わない、間の抜けた喋り方をした。

 つうか、何で俺の名前知ってんだよ。

「……んなわけあるかよ。勝手に入ってたんだよ」

「ふーん」

 思わずキツイ言い方をしてしまったが、ササイは気にするそぶりも見せず、ハトに手を伸ばそうとした。

「おいやめろ。ハトには病原菌やらダニやらが付いてんだ。素手で触るな」

「へぇ、小金沢優しいねー。でも、どーすんの? このハト乗っけたまま帰んの?」

「歩いて帰る」

 家までは徒歩でも二十分程度だ。特にどうということもない。

 それに明日になれば、もしかしたらいなくなっているかもしれない。だけどそのまま触るのも嫌だし一応念のため、明日はゴム手袋と除菌スプレーを持って来ようと心に決める。

「じゃあ俺も一緒に帰る。小金沢ん家、東町だったよねぇ?」

 何で俺の家の住所知ってんだよ。不思議でならないが、特に断る理由も見つけられない。

「……別に、いいけど……」

 了承すると、イケメンが嬉しそうに笑った。調子が狂う。

 歩き出して気がついたけど、ササイはパーソナルスペースが近かった。香水だろうか、ほのかに甘い香りがする。少し距離を取ろうとすると、また近寄って来るので、歩道からはみ出そうになった。

 しかも隣に立たれると、身長の差をはっきりと意識してしまって、なんだか憎らしく思えた。なぜ俺が、こんなに上を向かなくてはいけないのか。

 普段そこまで気にしていないけれど、日本人男性の平均身長に数ミリ届かない自分が嘆かわしく思えてくる。違う。俺が特別小さいわけじゃない。コイツがデカすぎるんだと自分に言い聞かせながら歩く。

 特に話すこともないから、さっきからずっと無言だ。多少なりとも気まずさを覚えるが、ちらりと横目で見たササイは、何が楽しいのか、にこにこしている。

 何を考えているのかさっぱり分からない。

 コイツのことが、若干苦手かもしれない。そんなことを考えていたら、目の前を黒い影が横切った。

 カラスだ。

「ひっ……!」

 つい隣にあった腕を掴んでしまった。ササイは俺の行動に驚いたように目を丸くしている。

「小金沢……もしかして、カラスが怖いの?」

 情けないところを見られてしまって、ばつが悪い。

「……何だよ、わりーかよ」

「ううん。ちっとも悪くない。小金沢かわいーなって」

 かわいーってなんだよと反論しようとしたら、にこっと笑われて、毒気が抜けた。

「ねぇ、ダメなのはカラスだけ? ほかの鳥は?」

 もう隠していても仕方がないかと思ったが、わざわざ言う気にはなれない。するとササイは、俺の沈黙を肯定と捉えたらしい。

「ねぇねぇ、じゃあさ、好きな鳥はいないの? 例えば……雀は?」

 雀か。あいつらには今のところ被害に遭わされていないし、気づかずに近寄っても、向こうの方が逃げるから襲われる心配もない。まぁ、可愛らしいと思わないこともない。

 そう答えると、ササイはまた笑った。何故か嬉しそうに見える。

「ねぇ、知ってる? 雀って、雑食性なんだよー」

「……」

 まぁ、そのくらいは知っている。

「でね、春から夏くらいが繁殖期なんだって。ちょうど今頃だねぇ」

「…………」

 だから、一体それがどうしたと言うのか。

 何で笑ってんだコイツと思っていたら、後ろの方から男の声が聞こえてきた。誰かを呼んでいるらしい。

「すずめいー。すずめいー」

 隣のササイが振り返って答えた。

「何ですかー?」

「今度のサークルの――」

 男はササイに向かって二、三言話をすると、手を振って去って行った。

 何だ今の。つうか「すずめい」って――。

 ササイは不満げに、はぁ、とため息をついた。

「あの先輩、何度言っても俺の名前覚えてくれないんだよね。一々訂正するのも面倒だから、そのままにしちゃってるんだけど」

「…………お前の名前、ササイ、じゃないのか?」

 そう言うと、ササイはあっさりと頷いた。

「うん、そーだよー。『雀が居る』って書いて、ササイ。……ああ、言ってなかったっけ?」

 てっきり「笹」か何かだと思っていた。そうか、コイツ苗字に「雀」って漢字付いてんのか。

「……………………」

 急に、雀居が顔を覗き込んできた。近い。今までになく近い。吐息が顔にかかりそうなくらい近い。

 驚いて後ろに下がると、背中が塀にぶつかった。また雀居が顔を寄せてきて、間近で微笑んだ。甘い匂いが一層近くなって、なんだか頭がくらくらする。

「……ねぇ、雀は、好きなんだよね?」

「さ、……」

 前言撤回したい。やっぱり雀も怖い。だって雀を見たら、この男のことを思い出してしまいそうだから。

「あー、もうホント、小金沢はかわいーね。……食べちゃいたい」
 
 鳥よりも何よりも。


 目の前で微笑むこのイケメンのことが、一番、怖いかもしれない。



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