聖なる夜が終わる前


 今日はクリスマスだ。

 城戸邸では身内だけのささやかなパーティが催された。

 はしゃぐ星矢。

 星矢をからかう氷河。

 二人をたしなめる紫龍。

 皆を笑顔で優しく見守る沙織。

 キラキラと光る大きなツリー、テーブルいっぱいのご馳走、大きなクリスマスケーキ。

 だけど…足りない。

 兄さんも一緒だったらよかったのに。

 兄さんは今頃どこで何をしているのかな。

 常にその思いが頭の片隅にあり、楽しければ楽しいほど口数が減る瞬の気持ちは皆もわかっているのであろう。

 一輝の話題を振らないでくれる気遣いに、瞬は笑顔で答えていた。


       ◆◇◆◇◆◇◆


 庭にある一際大きな木一本だけに残ったイルミネーション。

 その明滅する光が、カーテンを開け放った窓からチラチラと瞬の部屋に差し込む。

 賑やかなひとときを過ごしたせいか、しんと静まりかえった夜の自室はいつも以上に広く感じる。

 あと15分程で時計の針が真上に重なる時間。

 屋敷内に人の動く気配は無い。

 誰もが眠りについたまま目覚めなく、夜も明けなければどうしよう…。

 子供じみた不安が拭えず、部屋を真っ暗にしたくない瞬はベッドサイドのライトをつけたままベッドへ入った。

 ここ数日ずっと姿を消している兄は、今日がクリスマスと知っているのだろうか。

 いつにも増して気持ちが落ち着かない。

 今にも帰ってきそうな気がして何度もカーテンを開けた窓を見る。

 すると、先程までは見られなかった粉雪が音もなくふわふわ舞い降りていた。

 ──遠い遠い昔。

 兄と引き離される悲しい運命を知る前の優しい日々。

 教会で過ごした小さな頃の記憶は僅かだが、クリスマスイヴの夜に降った雪で、一輝が雪ウサギを作ってくれたのは覚えている。

『クリスマスプレゼントだ』

『ありがとう、にいさん』



「…に…さん…」

「悪い。起こしたか」

「……え、あっ!?」

 いつの間にか眠ってしまったらしく、突然の兄の声に目が覚めた。

「おかえりなさい。兄さん」

 起き上がろうとした瞬を制し、一輝が笑みを返す。

「ああ。起きなくていい。寝てるならライトを消そうと思って寄ったんだ」

 という事は、外から瞬の部屋を見上げてくれたのだろう。

 嬉しい、嬉しい、嬉しい。

 時計を見ると、時間はクリスマスが終わる少し前。

「今、夢を見てたよ。教会にいた頃、クリスマスに兄さんが雪ウサギを作ってくれたよね」

「…そのお返しにと、お前が俺にくれたプレゼント覚えてるか?」

「プレゼント?」

 何かあげたっけ?

「まだ小さかったからな。覚えてないのも仕方ない」

 少しだけ残念そうな一輝に、瞬は一生懸命思い出そうとするが無理だった。

「ごめんなさい思い出せない。僕、何をあげたの?」

「知りたいか?」

 コクコク頷くと、一輝は横になっている瞬の頭の両側に手を付き、耳元で囁いた。

「ファーストキスだ」

「ほ…本当っ!?」

 残念ながら、まったく記憶にない。

 赤くなった瞬の頬に添えられた一輝の手は、いつもよりひんやりしている。

「まだクリスマスは終わってないな…。プレゼントにあの時と同じものを貰っていいか?」

「!」

 再び驚いて瞠目し、返事を声に出せない瞬は小さく頷いた。

 ゆっくり近づく兄の顔。

 高鳴る心音を抑えようと胸の辺りの布団を握り、息を止めてぎゅっと目を閉じる。

 ほんの一瞬、唇が柔らかく触れ合った。

「温かくして寝ろよ」

 ぽんと頭を撫で、一輝はライトを消して部屋を出た。

 庭のイルミネーションもいつの間にか消えていて部屋は真っ暗になったが、もう不安は無い。

 まさかファーストキスが兄だったとは。

 そして今夜は、どうやら二度目らしい。

 小さな子供の頃とは意味が違うの?

 それとも兄さんにとっては同じ?

 もしかして親しい挨拶?

 どう捉えたらよいかわからず、頭の中がグルグルまわる。

 優しく触れられた頬と唇は、兄の想いが残っているようでやけに熱かった。

 戸惑いよりも恥ずかしく、恥ずかしくも嬉しい。

 クリスマスが終わる直前の思いがけないプレゼント。

 ドキドキが止まらず、瞬はこの夜なかなか眠りにつけなかった。





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