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※「夜の澱/檻に歌う」と対になる話。
途中性的な描写があります。




 退屈な会議にも、実りというのはある。


 "パシフィスの火"。
 影と"罪(ペッカートゥム)"の全面闘争。
 それが鎮まって2年が経つ。影の方針会議に召集された俺は、堅苦しい場所にこれから何時間も拘束されることに苛立ちながら、無駄に広い会場をぶらついていた。テレビ会議の機器も普及したこのご時世、顔を突き合わせて侃々諤々議論をすることに何の意義があるというのか。会議の現場で考えても仕方ないことをぶつくさ呟いているとき、女性の後ろ姿が目に飛びこんできた。
 強い既視感を覚える歩き方だった。
 人は普段意識しないけれど、歩き方というものには非常に強い個性が現れる。ほとんど隠しようがないくらいに。個人差が大きく、後ろ姿でも遠目でも判別できる歩行による個人識別法は、影のなかで有用なツールとして使われている。
 俺の思考の中から、一瞬で不平が霧消した。

「ロッティちゃん!」

 声をかけながら走り寄る。
 最後に会った時からだいぶ髪が長くなっているが、間違いない。俺が間違えるはずがない。2年前、支援部隊にいたシャーロット・エディントンだ。俺が想いを寄せていた女の子だ。

「ロッティちゃん、久しぶりだね! 君も呼ばれてたんだねえ、俺のこと覚えてる? 髪伸ばしたんだー似合うね、相変わらず君は世界一可愛いよ」

 目前に迫る彼女が、ふっと振り返った。スリーピースのパンツスーツに身を包み、首元にはマニッシュなクロスタイ。その男っぽさを補って余りある、輝かしく豊かな金髪とこぼれ落ちそうに大きな青い瞳。2年前に18歳だったはずだから、今は20歳か。ああ、何も変わらない。シャーロットは変わらずとても美人だった。
 桃色の可憐な唇が、つと開く。

「あなたも相変わらず、女と見たら口説かずにはいられないようね。ヴェルナー」

 きれいなアーモンド形をした双眸に、きっと睨まれる。
 はて。俺の思考は一瞬止まる。
 シャーロット。外見は確かにシャーロットだ。間違いない。でも、纏っている雰囲気がなんだか違う気がする。2年前は、もっとこう、大人しくて控えめな感じじゃなかったか。俺が近づいていったら、即座に女性の上官の影に隠れてしまうような。
 それに、名前を呼び捨てにされたことなんて一度もなかったはずだ。気づいてなぜかちょっとどきどきした。
 思考が迷走のトップスピードへ駆け上がらんとする間に、

「何か用かしら? 何も用がないなら話しかけないでちょうだい」

 シャーロットがふいと立ち去ろうとする。
 彼女の高飛車な物言いに、背中がぞくぞくとした。それはある種の快感だった。思い返せばあれが、自分のマゾヒストとしての目覚めだったのかもしれない。元々俺の中に火種はあったのだろうとは思う。少年時に年上の女性とばかり夜遊びをして、異性に主導権を握られる状況には慣れていたから。
 すたすたと大股で離れていくシャーロットを、慌てて追いかける。

「あーちょっと、ちょっと待って! 用ならあるんだ、この会議が終わったらさ、一緒に食事でもどうかな?」
「食事……」

 こちらを見上げるシャーロットの、永久凍土の氷のように冷たい視線。俺の価値を推し量っている視線。
 値踏みされている。そう思ったら興奮してしまった。

「そうね……いいわ。ちょうどあなたに聞きたい話があるから」

 頷いたシャーロットは、ずいと体を寄せてきた。うわ、近い。腕を差し出せば、抱きしめてしまえる距離だ。
 彼女の華奢で優美で、けれどか弱さを感じさせない手が、俺の首元に伸ばされる。どきりと心臓が跳ねる。このまま首でも絞められるのか? 悪くないな。それもいい。

「ちゃんとしたお店に行くなら、ネクタイくらい締めてきなさいね」

 シャーロットはそう言って、不敵にふふっと笑った。
 体の奥から、形容しがたい色々な情動が湧き上がってくる。到底口には出せない、興奮やら悦楽やらも混じっている。
 俺は阿呆みたいに彼女の遠くなる背中を見つめた。会議の開始を知らせるエージェントの怒声に我に返るまで、俺は廊下のど真ん中でぼんやりと突っ立っていた。

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