何たるバッドニュース。最悪の誕生日プレゼントだ。


 一学期の終業式。
 ジイジイとミーンミーンとが混ざった蝉時雨が降り注いでいる。暑い。暑すぎだ。もはや熱い。
 冷房の利いた教室から一歩でも出ると、茹(う)だるほどの熱気に体全体が包まれて、不快だ。夏生まれなのに俺は夏が苦手である。まだ7月だけれど、早く終わってほしい。
 クラスメイトはめいめい、友達同士で通知票を見せ合い、きゃっきゃっと騒いでいた。
 俺は通知票を貰っていない。授業の欠課が多すぎて出席日数に足りていない俺には、夏休み中、補講がたっぷり待っている。成績がつくのはそれが済んでからだ。通常の授業とは違い、ほぼ一対一の授業のはずだから、それほど苦痛には感じない。人でぎゅうぎゅう詰めの教室が不得手な俺には、むしろ向いている気すらする。
 夏休み、なんの予定もねーなあ、と我ながら寂しいことを考えつつ帰る準備をしていると、幼なじみの輝(ひかる)に肩を叩かれた。

「龍介、良い知らせと悪い知らせがあるんだけど、どっちから聞きたい?」

 いつも通りの、やわらかく人懐こい笑み。中学からと変わらず、こいつは良い成績を保っているのだろう。特に、いつも俺が最低評価の授業態度なんて、きっと高評価に違いない。
 しかし何なんだ、そのアメリカンな感じの問いかけは。俺は数秒押し黙る。

「……良い方かな」
「ハッピーバースデー、龍介。16才おめでとう」
「え」

 ぽかんとする。そういえば、今日7月22日は、自分の16歳の誕生日だ。すっかり頭から抜けていた。22/7が円周率πの近似値なので、けっこう気に入っているのに。
 なぜ忘れていたんだろう、と疑問に思うが、もう一人の幼なじみである未咲が、何も言ってくれなかったことに思い至る。毎年、何だかんだと皮肉をこめても、どれだけひねくれた表現でも、必ずおめでとうと言ってくれていたのに。地味に傷つく。呻きそうになるが、心の引っ掻き傷を自分で認めたくなくて、ぐっとこらえた。
 輝は楽しげにハッピバースデートゥーユーと歌い始める。それを、やめろと言って制止する。彼には割とこういう、マイペースな一面がある。
 それよりも気がかりなのは、残りの悪いニュースの方だ。悪い方ってなんだ、と輝を促す。
 輝が、人差し指を立てた両拳を軽くぶつけ合わせる。朗らかな笑顔をたたえたまま。

「明日、未咲と九条悟が初デートしまーす」
「……は?」
 
 俺の周りから暑さが吹っ飛んだ。
 足元が底無し沼に変じ、ずぶずぶと呑まれていく。九条悟。この遍(あまね)高校の生徒会長。完全無欠の、完璧超人。そして、未咲の好きな相手。
 いつからだ。いつの間に、二人の仲はそんなに進展していたのだ。デートということはつまり、もう付き合っているのか? 仲はどこまで深まっているんだ?
 ぐらぐらと天井が回る。目眩だ。誕生日に言及してくれなかった理由。デートが楽しみで忘れていた、とかそんなところだろう。喧嘩ばかりしている幼なじみの誕生日なんかより、知り合って3ヶ月ちょっとの男とのデートというわけだ。
 はは。笑える。

「そんなにショックだった?」
「別に」
「そう? 涙目になってるけど」
「なってねーよ。つうか、なんでそれを俺に話すんだよ」
「ああ、それね」

 輝が愛用のカメラを鞄からひょいと取り出す。

「明日二人のデートを"取材"するから、龍介も一緒にどうかなあと思って」
「取材……?」
「二人を尾(つ)けるってこと」
「はい?」

 気軽に犯罪を持ちかけておきながら、輝は聖職者のように微笑んだ。
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