高校に入学してから5日後、龍介は担任の桐原先生に呼び出された。

 心当たりは、ありすぎるほどある。
 4日前の学力テストで数学の時間に30分以上寝ていたし、何より、担任の担当教科である数学の授業時間には教科書もノートも筆記具すらも机に出していないのだ。注意されないわけがない。
 担任が変わると呼び出されるのは常だったが、龍介はこれまで、釈明をうやむやにしてきた。自分の行動の理由というものを、相手を信頼しなければ説明することはできなかったからだ。相手が教師だとしても、他人を軽々しく信頼する気にはなれなかった。
 昼休み、龍介はのそのそと職員室へ向かった。

「来たか茅ヶ崎。こっちだ」

 職員室の中は電話で話す先生がいたり質問しに来た生徒がいたりでがやがやしていた。龍介が名乗って職員室に入ると、入り口から程近い席にいる桐原先生が振り返って声をかけてきた。あまり怒った表情には見えなかった。
 先生はどうやら食事中だったようで、近づくと手元にあるお弁当が目に入った。彩り豊かで見るからに美味しそうだ。龍介の好きなπの色に似ている。奥さんが作ったのだろうか。
 
「美味しそうですね」

 思わず声が漏れていた。
 そうかね、と先生はわずかに首を傾げる。

「まあ、自分で作ったものだから味は知れているがね。相談室に来てほしいんだが、時間は大丈夫か?」

 桐原先生が料理をすることに少し驚きつつ、龍介ははい、と返事をした。
 相談室というのは、職員室から繋がった廊下に3つ並んでいる部屋で、全て和室である。入学早々そこで担任に注意を受けた未咲によると、通称『説教部屋』と呼ばれているという。
 龍介はこれで決まりだな、とうっすら考えながら上履きを脱いで畳に腰を下ろした。

「少々君自身について聞きたいことがあってな」

 先生は龍介の正面に座るなりそう言って、A4サイズの紙を何枚か机の上にぱさぱさと置いた。反射的に目を落とすと、一番上にあったのは数学の学力テストの解答用紙だった。もちろん龍介のものだ。
 龍介はこのテストで、完璧な解答をしたと思っていた。呼び出されるほどのミスをしたはずはないのだが。

「君は確か、問題を解いている間消しゴムを机に出していなかっただろう」

 尋ねられて、はい、と答える。それがいけなかったのだろうか。先生の顔へ視線を移すと、ひどく真剣な目に見返された。そして、

「君の解答は、とても美しい」
「……はい?」

 思いがけない言葉が飛んできた。驚く龍介とは逆に、先生はいたって真面目な表情である。

「君の解答には全く迷いが無い。最初にゴール地点が分かっていなければ、こんなに完璧な解答はできん。しかも訂正も全くせずに。それに君は開始20分で、これを解き終わっていたのではなかったかね?」

 先生の声の調子のせいで詰問されているように感じるが、どうやら怒られているわけではないらしいのは分かる。
 先生は驚異的だ、とかなんとか呟いて解答用紙を一瞥したあと、また龍介の目を真っ直ぐ見つめた。クールな先生かと思っていたのに、その熱のこもった目に気圧される。

「何か特別な勉強をしてきたのかね」
「いや……独学で勉強しただけです」
「ほう。どのくらいできる」
「大学で使う教科書は何冊か読みました」
「理解できたかね?」
「はい」
「ふむ」

 先生は右手を顎に当て、何か思案事を始めた。気のせいかもしれないが、どことなく楽しんでいるようにも見える。龍介は訳が分からないまま、この先生はまだ若いのにずいぶんおじさん臭い話し方をするなあ、などとぼんやり考えていた。
 すると、

「君」

 急に呼び止められはっとする。

「そのレベルなら、普通の授業を聞く時間も勿体なかろう。君が希望するなら、大学レベルの問題を持ってきてもよいが」

 無意識に、え、と声が出る。
 先生の提案は、正直嬉しかった。でも、自分の今までの生活態度は悪かったし、先生が自分に目をかけ、そこまでしてくれる理由が分からない。しかも、入学してまだ5日目だ。
 気持ちの整理がつかないまま、龍介は無意識に口を開いていた。
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