人はいつか死ぬ。いつか別れがやってくる。死に方は人それぞれだとしても、収束するところは畢竟(ひっきょう)、死というただ一点だ。
だから、誓ったはずだった。人に好かれないように生きていこうと。大切な人を喪う、あの身を割くような悲嘆は、自分以外の誰ももう味わわなくていいようにと。
けれど、駄目だった。私はまた同じ過ちを繰り返そうとしている。
人は、いつか死ぬのに。
夢でしか会えない人がいたから、自分は眠っているか、死んでしまったのか、そのどちらかだと思った。
そこにルネがいる。
銀色の光に満たされた空間で、私はルネと向かい合っている。全身がほのかな暖かさに包みこまれ、意識を失う直前までぼろぼろだった体は、すっかり元のようになっていた。十歩歩めば届きそうな距離に、彼女がいる。表情は逆光で分からない。彼女が手を差しのべてくれれば、その手を取れるのにと思った。
「ルネ……会いたかった」
言葉では言い尽くせない感情がこもり、声は意図せず震えた。表情は見えないのに、ルネが寂しげに笑うのが分かる。
「君はどうしようもない男だな」
そちらへ踏み出しかけていた足が止まる。ルネは喜んではいなかった。混乱して、どうして、と呟きが漏れる。
「どうして、だって? 君が向かうべき場所は私のところじゃないだろう。待っている人がいるところに、帰るんだ」
「私を待ってくれている人なんて、いるはずが――」
「本気で言っているのか?」
私には分かる。彼女が苦笑しながら嘆息しているのが。
ルネがすっと頭上を指差す。
眩い光が満ちる空間に、私の名を呼ぶ声が天使の梯子のように射してきていた。か細い、しかし確かな音の源は、上方にあるらしい。その様子は、深海底に粛々とマリンスノーが降ってくるのに似ていた。
私はやっと思い出した。帰るべき場所があるのだと。
「すまない、ルネ。私は行くよ」
かつて一番大切だった人に向かって、別れを告げる。ルネは満足げに大きく頷く。
「ああ、それでいい。もう私のところになんて来るなよ」
「分かった。ルネ、ありがとう。そして、さようなら――」
ルネに背を向けて、銀の光を掻き分けて泳いでいく。決して振り返らず、桐原先生、と自分を呼ぶあの声の方へ。上へ、上へ。鯨が、息継ぎを求めるように。
銀の光の水面に顔が出たと思った途端、私は目を開けていた。
「……」
白い天井。白いリネン。ぐるりとカーテンで囲われた狭い視界。消毒液のかすかな匂い。腕から伸びる点滴のチューブ。
病院だ。
手を目の前に持ってきて、握ったり開いたりを繰り返す。生きていた。まだ生きている。
体のそこかしこが痛むものの、耐えられないほどではない。ベッドの上に付いているナースコールを、私は黙って押した。
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