薄暗い部屋でもぞりと動く塊から色素の薄い髪をした頭が見えた。
その塊はゆっくりと起き出したが布団にくるまったままぼーっとしている。

《めぐる!おはよーっ!》

パッと部屋が機械的な光で照らされる。声はそこからのようだ。

「アルカント、おはよう。今日の株価は」

《えっとねー…上々な所もあるけど、そろそろ見切りつける所もあるよ》

さして興味を引かないのか寝起きだからか環は話を聞きながら欠伸が出る。

「おーけー…あとでそこの会社の状況集めといて」

《はぁい》

その言葉と同時に機械的な光は消える。

もう一度寝るか…と布団に潜りかけた所で部屋にあるメインPCが起動し部屋を照らす青光。

《めぐる、おはよう》

「おはよう、アイン。今日も調子は?」

画面の中に漂う女性、環が妖精と呼び愛しむ存在。
アルカントもその1人。他にエクスウェル、クローテスが妖精と呼ぶ中で主な人格形成している。

《問題ないわ。それよりめぐるの方が心配…ここ最近こちらにばかりで禄に食べてないでしょう?》

母のように小煩いけれど、環と長くを共にしてきたアインだからこそ、言える言葉。

《そーですよー!クロの体調管理システムに寄ればマスターには立派に栄養不足気味とでてますよ!》

「クローテス……」

《朝はしっかり食べて。それからまた会いましょう。今日も入るなら体力つけないと》

「わかった…また後でな」

《はい、また後で》

画面の光に照らされていた部屋はまた薄暗く、静かになる。

「面倒だが、アインに言われたし作るか…朝ご飯」

もう一度、欠伸を噛みしめのろのろと寝床から抜け出す。




ゲームが終わり月日流れ、環は、シエル・ロアから離れ隔絶された空間を作った。

誰にも見つからない。いない。誰かの暖かさ触れ合う事さえもかなわない。そんな場所に環はいる。

見た目はそう変わらないものの、面倒で切ってない腰辺りを過ぎた長い髪が年月を表している。

孤独だが、環は誰にも邪魔されずに自分の世界に浸れる。


けれども、時々それが崩れそうになる。


それはもそもそと怒られない最低限の朝食を食べているときだった。

《マスター!メールがきたよ》

「誰」

《えーと、デイジーとローレンス、あとマフィアから仕事の依頼みたい》

「うわ…っ、どれもみたくねぇ…」

《どうします?》

デイジーとローレンスはいつも通りの近況調べだろう…全くこの前も…と環はぶつぶつと呟く。
本当は連絡があることが嬉しくて仕方がない。だから、連絡先は変えることをしなかったのを、妖精達は知っているし、デイジーも薄々気づいているようだ。

「マフィアの仕事依頼は調べものだろ。エクスウェルに回して頼んでおいて」

《りょうかいです!》

「他はいつも通りで」

《はーい!》

シンと、静かになった端末。特に目もくれず終わった食事を片付けPCのある部屋に戻る。


「さて…行きますか。我が城に」

そう、冗談めいてPCキーボードに触れ異能を発動し電脳空間へとlinkする。


…………………………………


《めぐるー!》

唐突の柔らかな歓迎に苦笑する環。

「エクスウェル、おはよう」

環がゆっくりと目を開けば、羽のある小さめな女の子が抱きついている。

《やぁんめぐる!おはよう!朝会いにいけなくて寂しかった!》

「ああ、昨日頼んだ分か。ご苦労様」

にっこりと微笑み頭を撫でてあげる環にエクスウェルは《めぐるのお願いだもの》と微笑み返す。

《めぐる、ちゃんと食べました?》

スッと寄り添い頬に触れるアイン。

「見てたくせに、心配しなくても食べたよ」

《ふふ、いい子ですね》

優しく微笑んだアインと入れ違いにアルカントが環に近づく。

《めぐる!さっき頼まれた情報揃ったよ》

「ありがとな、アルカント」

同じように微笑めば、どういたしましてとアルカントも微笑む。

片手を横に一線ずらす。
それを辿るかのように環の周りにキーボードが出現する。

「さて、始めるか」

悪戯を思いついた子供のようにニヤリと笑い軽やかに指を滑らす。


………………………………


広大な空間、時折、ポーンと響く音に混じりカタカタとキーの音が響く。

《めぐる》

「んー…」

《そろそろ休息しなさい》

分担した仕事をこなしながらアインが言う。
朝から入ってずっとやっていた事に気づいた。

「…もう少し」

《めぐる》

溜め息混じりに語気を強めるアイン。

「………わかった。ここまでにする」

《ええ、そうして》

渋々と手を止めれば満足そうにアインの声音が柔らかくなる。
環はその場に寝転がり一面白い空間に走る光を見つめた。



ずっと、アイン達以外とは会話していない。
1人になって、あの時間はゆめまぼろしと思えるほど瞬間に月日が過ぎた。
環自身、あれほどに人と深く関わるなんて思っていなかった。


じんわりと視界が歪んだ。

「悪い、一度落ちる」

《ついでに外の風に当たってきたらどうですか》

「そうだな…」

アインの顔も見ずに電脳空間から抜ける。



…………………………


「ふぅー………」

キーボードから手を離しそのまま力なくデスクチェアーに沈む。

「へい、き…だと、思ったんだけどな…」

人に囲まれた世界から孤独になると心が弱くなる。
だから、ずっと、ずっと…独りで居るべきだったのに…

「…あー…もう…この世界には、居られない…」

椅子から立ち上がり部屋を出る。



おやすみ。さようなら…



−linkを終了

空間からログアウトします。








…………

『おはよう、環。エデンの鍵は楽しかった?』

薄ぼけた意識に聞こえた声に戻ってきたのかと思った。

「………」

「どうしたんだ?最悪な終わりだったのか?」

「ああ…つまらなくなったから、抜けた」

「そんなにつまらなかったの?」

「ゲームは面白かった。けど…」

もう一度、目を閉じる。
脳裏を過ぎる記憶のログに苦笑が零れた。


−つまらない人生の終わりだったよ。




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