狭い部屋の真ん中で、環は少ない荷物を鞄に詰めていく。
必要なものだけ。
それ以上はまた買い足せばいい。
他に入れるモノがないか視線を上げ、不意に目についた瓶詰めのドライフラワー。
それは、最愛だと、思った人から貰った大切な思い出。
そのままでは持ち歩けないから花びら数枚で栞を作り、肌身離さず持ち歩く。
俺の幸せの宝物<おまもり>。
その瓶に手を伸ばし指がコルクに触れて思いだす、もう一つの宝物の存在。
指の抜けた手袋越しにそこにある存在を見つめる。あまりにも、常にそこにあって、体の一部になってしまった。
「…ファウ」
無意識に、滑り出した…愛称<なまえ>。
『 環 』
俺を、幸せそうに呼んで微笑んで、抱きしめてくれる暖かい存在。
それだけで、心が落ち着いていたのに…
今はもう…、ただ、ただ…苦しい。
(ファウ…スト…、)
頬に伝う、一筋の水滴は、想えば想うほど、溢れて留まらない。
ぎゅっと、手を抱え、想いを馳せる。
(ファウ、ファウ…)
けれど何度、呼んでも、もう…アンタは応えてくれない。
アンタに俺は、必要なくなってしまったんだ…。
ゆっくりと手袋を外して、左手の薬指に煌めく指輪を外して何もなくなった、部屋の真ん中に置くと同時に来た、虚無感。
「ハハ…ッ」
渇いた、嗤いが込み上げてくる。
せめて、瓶詰めの思い出は持っていこう。
アンタとの思い出を詰めて、しまうモノが必要だから。
名残惜しいと感じない部屋を後にして、
俺は、独りになった。
もう、会うことはないだろう…。
密かに秘めた、想いは奥底に沈んでいく。
見つけ出したらアンタの勝ち