廃墟からの帰り道。
辺りは既に、薄暗く視界が悪い。少し先にいる環は楽しそうだった。
携帯には組織からの着信が数件。少し外出すると言ったまま環と出会い、かなりの時間が経っていた。
「なぁ…」
環に視線を向ければ、
「俺を殺さなくていいの?狼幹部さん」
一瞬、心臓が止まった。その、綺麗な笑顔に。
けれど、環は知っていて俺の目の前に現れた。
正直、半年悩んで忘れたかった事にまた悩まされた。このまま、環と逃げてもいいと思った。
けれど、環は一緒に行こうとは言ってくれない。
環は、終わらせるつもりだから。
全て…。
「ひとつ…いいか?」
どうしても、
「どうぞ」
聞きたかった。
「どうして、俺の目の前に現れたんだ…?」
吹き抜ける風が、視界を揺らす。環は、微笑んでいた。
「どうせなら…」
無邪気な笑み。
「アンタに殺して欲しかったから」
なんの曇りもなく紡がれた言葉、 不似合いな状況に鼓動が、早まる。
「俺さ、半年逃げ回って思ったのは、やっぱりアンタがいないとダメだって事」
何を…
「今まで自分から捨てたヤツにこんな感情持った事なくて戸惑った」
今更…
「独りで、平気だと、思ってたのに…」
だったら、何故…俺を独りにしたんだ。
「逃げ回るのは、楽だよ。けど…アンタが居ないんじゃ意味がなかった」
「だったら…っ、俺を連れて、」
視界が霞む。環は困った表情をしていた。
「アンタには、アンタのやりたい事、して欲しかった。あの部屋…、掃除してあったけど、本当は使ってたんだろ?アインも…たまにメンテしてくれてたんだよな」
「そ…っ、別に…」
「嬉しかった。忘れられてなくて…恋しいのは俺だけじゃなかったんだ…って」
息が詰まる。涙は既に溢れ零れていた。
「だから、終わりにしたい」
静かに近寄った環は俺の手を握る。
「な…っ、めぐ…」
その手に無理矢理、銃を握り締めさせられ、環の胸の中心へ誘導される。
「アンタに殺されるなら、俺は、本望だ」
意志の強い、儚い願い。
「あ…っ、」
微かに震える指先。
「め、ぐ…っ、や…」
子供のように頭を振る。
裏切り者を殺せば俺は、環が抜けてすぐに掛けられた疑いが晴れ周りに認められる。
そんな思いを拭い去りたくて。
「ごめん、ツラい事なのは…わかってる。けど、俺の気が済むのはこれしかなかった…っ」
そのまま抱き込まれ、環の温もりに俺は涙が止まらない。
この、温もりがなくなったら…
そう、考え、どんな事よりも俺は環が居ない世界じゃ、生きていても意味がない…
ましてや、殺してまで生きている意味は…。
「…離して」
「……ファウ…?」
力が緩んだ隙に環の腕から抜け、距離を取り銃口を環に向ける。
「…ちゃんと狙って、撃てよ?」
笑って、無抵抗を示す。
「狙う必要なんかない…」
カチャ…ッと耳の側で金属音がする。
「俺は、環を撃てない」
涙で視界はぼやけているのに、環の驚いた顔ははっきりとわかった。
「なっ!冗談だろ…っ!?やめ…っ」
「近寄るなっ!」
張り上げた声が辺りに響く。足を止めた環に自然と微笑みが浮かんだ。
「さようなら…。次に逢う時はお互い普通の暮らしで逢おうね…?」
「まてっ、ファウ…っ!」
静寂に凄まじい銃声が轟く。
環が踏み出したと同時に引き金を引いた。
意識が、遠くなっていく…。
「ファウ、ファウストっ!なんで…、こんな…っ」
意識のない、恋人を抱え、流れる朱に染まる事を気にせず、環は泣き崩れる。
「俺が…っ、なんのために、半年も逃げ回ってたか知らないで…っ!なんで…、なんで、アンタが死ぬんだよっ!!」
ファウストの手に縋り頬を濡らす。
「アンタが、いなきゃ…、俺は…っ」
頬が朱に濡れても、微かに残る温もりが欲しくて…
不意に、飛ばされた銃が視界に入る。
あぁ…そうか。俺がここにいる意味はないから。
銃に手を伸ばす…。
「ファウ…もう少し、待ってて。邪魔されない場所に着いたら、俺もすぐに行くから…」
色が薄れる唇に重ねる。
色白の肌は更に白く……
環はファウストを抱え廃墟に消えた。