半年は仕事しなくてもいい、とシャルナークが寄越した通帳には
確かに半年以上は余裕で暮らせるであろう金額が印字されていた。
どうも。
私は通帳をソファに放って、ついでに食べかけのティラミスも放棄した。
まあまあの出来だったんじゃない。
シャルはポケットから2枚通帳を取り出し
フェイタンとフィンクスに渡しておいて、と
差し出した。
この通帳、どうせすぐに足がつくんでしょ?
私は薄いコーヒーを飲みながら
シャルに問いかける。
シャルも同じように、黄緑色のマグカップに口をつけた。
うん。だから早く降ろしたほうがいいよ。
まあ、安パイなところで買ったからしばらくは大丈夫だと思うけど。
シャルはまた一口啜る。
ハンターカードさえ1枚持ってれば
口座なんていくらでも作れるよ。
こんなダミー、買わなくても済むのに。
ああそうですか、どうでもいいけどね、このマウント野郎、と思ったが
うっかり口に出して機嫌でも悪くなられたら面倒なので
変わりに短く相槌を打った。
時計の針が15時を指す前に
また仕事があれば連絡する
と言い残して、シャルは帰って行った。
正直早く帰って欲しかったので
玄関のドアを閉めた時は心の底から安堵した。
ついでにチェーンも締めてやった。
これでまた、しばらく働かずに済む。
この1ヶ月は、シャルが発起した
元王族皆殺し案件で忙しかった。
その前に仕事で稼いだ金はかなり使い込んでいたし
残りも少なくなっていたから
正直助かりはしたものの
現場は遠い上に、殺さなければならない人間の数も多かったので気が滅入った。
シャルは仕事が終わるとすぐにギャラを分配してくれるので、それも助かってはいるものの
あまりにもすぐなので
昨日帰宅して、疲労困憊の私は
今日人と顔を合わせるというだけで精神的に疲れていた。
マチのように、ギャラを3ヶ月以上分配しないのも困りものだが
あまりに早くても困る。
シャルは多分、気を利かせるということができないのだ。
マウントだけは一丁前に取りたがるのに。
だけど、まあ、これで全部終わった。
ソファに身を投げて、私は目を瞑った。
今日はフェイタンも帰ってこない。
フェイも同じように、人と話すのが疲れるという理由で
どこかに出かけていった。
遊んでいる女がいるのか
1人でどこかに泊まっているのかは知らない。
べつに知りたくもないし
詮索する気もない。
目を瞑って、眠気の波にただ身を任せた。
フィンクスから連絡があったのは
帰宅してから1週間後だった。
シャルはもう渡したって言ってる、早く寄越せ
という失礼極まりない内容だったので
しばらく平穏だった心はあっという間に乱される。
家に取りに来る、と言っていたが
うちに侵入されるのはたまったものではない。
私の唯一のオアシスを
あいつの臭い足で入られるのだけは勘弁だ。
待ち合わせ場所はシティのカフェに設定して
電話を切った。
よう。
フィンクスは相変わらず趣味の悪いTシャツを着て
でかい態度で席に座っていた。
カフェに入るなら
せめて何か頼みなよ。
私はフィンクスに鞄を預け
2人分のコーヒーを注文しに行く。
待っている間に席をチラリと見たが
あまりにフィンクスとお洒落な内装が不釣り合いで
少し笑った。
私が戻ってくるなり
すぐさま金を要求されたので
腹が立ってフィンクスの膝を軽く蹴る。
そういう、がめついところ直しなよ。
だからモテないんだよ。
フィンクスは
あ?とだけ言って、私の金で買ったコーヒーを啜った。
3人分、しっかり現金にしておいた
しっかり者の私は
分厚い封筒を3つ、フィンクスに渡す。
よし、これでしばらくは大丈夫だわ。
フィンクスはそれをそのままチノパンの
左右それぞれのポケットに突っ込み
そのガサツさは私を更に呆れさせた。
まあ、分かるよ。
私もしばらく仕事はしたくないわ。
あ?お前は常に仕事してねえだろ。
私はあんたと違って、殺しに快楽を得るような人種じゃないの。お気の毒様。
コーヒーはあまりに薄く
泥水のような味がする。
隣に座るサラリーマンが怪訝そうな顔で私達を見たが
その視線を無視した。
お前、スリとかで細々稼げば?
それも立派な盗賊だぜ。
叶うことならそうしたいね。
フィンクスはつまらそうに欠伸をして
楽しいことねぇかな、と呟いた。
シティのホテルに泊まる、と言ったフィンクスと
カフェの前で別れて
家路についた。
マンションの前で自室を見上げると
明かりがついていたので
フェイタンの帰宅を知った。
玄関のドアを開けると
やはりブーツが転がっていて
奥からフェイタンが顔を覗かせる。
どこへ行てたか。
フェイタンの着ている黒いパーカーは私のものだが
そこには特に言及しなかった。
フィンクスに金渡しに行ってた。
納得したのか、フェイタンは読んでいた本に視線を落として黙り込んだ。
冷蔵庫からビールを出し
プルタブを開ける。
フェイにも渡さなきゃね。
私は口元のビールを拭いながらそう言うが
フェイタンは返事をする代わりにページを捲った。
しばらく仕事ないけど
どうするの?
フェイは私を少し見てさあね、とばかりに腕を竦ませる。
明日から何をしよう。
もう見たい映画も特にないし
読みたい本もない。
明日は一日、歌って踊っちゃおうかな、という発言に
フェイタンは聞こえないフリをしていた。