もぐりこむ

【注意】感染症が題材です。
以前から書きためていた作品ですので
COVID-19とは何の関係もありませんが
読んで不快な気持ちになる方もいらっしゃるかもしれません。
どうぞ自己責任で、お読みください。瀬田







団長に呼び出された、とフェイタンが言ったのは
梅雨に入り始めたばかりのある昼下がりだった。

外は相変わらず飽きもせず、シトシトと雨が降っていて
降るなら一思いに降ればいいのに。
と窓の外を見ながら少し苛立った。


フェイは身支度を始めていたが
私は雨のせいか、出かける気にならず
火をつけてしまった煙草を言い訳に
ソファから起き上がらなかった。


おい、いい加減にするよ。

黒いマスクを耳にかけながら、フェイが睨んだ。


電話が入ってから既に30分は経過しているし
このままここでウダウダしているわけにもいかないのは重々に承知している。


しかし、外は雨だ。

ただそれだけの理由で、私は外に出たくないのだ。

そんな言い訳を口にすれば
フェイはすぐさま機嫌を悪くして
罵詈雑言を浴びせるだろう。
灰皿を投げつけてくるかもしれない。

だからちゃんと、それっぽい理由をつけてみたのだ。フェイからすれば御託を並べたことになるんだろうけど。


だから予想通りちゃんとガラスの灰皿は飛んできたし、ちゃんと壁に当たって割れた。

生理や
頭痛や
腰の痛みは、本拠地に向かうことを拒否する理由にはならないらしい。


落ちたガラス片を踏まないように気をつけながら
支度に取り掛かるべく部屋に戻った。

フェイタンはダイニングの椅子に腰掛け
私の一挙一動を睨みつけている。

それが更に気に障って
わざと足音を立てながら歩いてみたのだけど
今度はマグカップをテーブルに叩きつけられたので、反抗することを諦めた。



うちで飼っている猛獣、もといフェイタンの機嫌を損ねぬよう、ものの3分で寝癖をどうにかして
さあ出掛けよう、と玄関に向かったが
その前に掃除をしろ、との悪魔、ではなくてフェイタンのお達しがあり
私がしでかしたのではない灰皿とマグカップ(であったもの)を片付けるハメになった。



家を出るときにフェイタンの機嫌が悪いのは
いつものことだから慣れてはいるが
今日は雨だ。

私だってことさら機嫌は悪い。

車のキーをクルクルと指で弄びながら
エレベーターの中でどうにか自分を落ち着かせようと何度か深呼吸をしてみた。




マンションの駐車場を出るとき

雨は一層強くなった。






本拠地に到着するなり
パクがよろしく、とフェイタンに告げて
地下牢のほうを指差した。

フェイはこくりと頷き、地下牢に向かって歩いていった。
廊下はまだ屋根が壊滅していないので
少し濡れているに留まっているが
本拠地の中心である広場はほとんど外も当然なので容赦なく雨が降り注いでいる。

いつもなら広場で適当に時間を潰すが
それはとても無理そうなので
パクについて厨房に向かった。



パクはペットボトルのミネラルウォーターを私に投げてよこし
自身は食べかけていたのであろうサンドイッチに取り掛かる。


捕まえたのは誰なの?

私の問いに、パクはしばらく咀嚼し、飲み込んでから答えた。


団長らしいわね。
詳しいことは知らないわ。


ふうん。

雨音が止まなくて嫌になる。
私は元来、この音が大嫌いなのだ。


細菌ってよく知らないんだけど
それを手に入れて何ができるの?


パクは最後の一口を咀嚼していた。
包装紙は、見慣れたチェーン店のサンドイッチ屋のものだ。


ある意味、兵器より怖いかもしれないわね。
目に見えない物で人を殺せるから。

パクは私のミネラルウォーターを手に取り
蓋を開けて飲んだ。


各国は細菌兵器の開発に躍起になってるわ。
致死率の高いウイルスは、敵国にとって勿論脅威になり得るし
それだけ高値で取引される。

団長が拉致した研究員の彼は
何種類かのウイルス開発に成功しているそうよ。


なんだかよく分からないし、雨で精神がやられている私は、深く考えたくはなかった。

そのまま静かにしていると
遠くから悲鳴が聞こえるのに気付く。

可哀想に。と思った。


だけど雨音でその声が鮮明に聞こえないことには
少し感謝したい。


その研究員に、菌を一から作らせるってこと?


私は3度目の悲鳴を聞きながら
パクに尋ねた。

パクはもう眠い、とばかりに欠伸を噛み殺して
私をチラリと見た。

細菌を培養したシャーレがどこかに保管されてるらしいの。
団長はそれを探しているそうよ。






悲鳴も聞こえなくなった頃
廊下を歩く物音がして、私は半睡状態から目覚めた。

振り向くと
指から血を滴せたフェイタンが
此方に向かって歩いてくるところだった。


終わったの?

私が聞くと、フェイは小さく頷く。

パクは立ち上がって、フェイに出すであろう
水やらタオルやらの準備をしに奥へ消えた。


どの辺で吐いた?

フェイは椅子に座ると
着ていた厚いマントを脱ぐ。
タンクトップ一枚になったフェイの肌は
ランプの明かりに白く輝いた。

7本目の爪を剥いだ時点である程度は吐いたね。

あとはワタシのお楽しみよ。


フェイは目を細めて楽しそうに笑い
私は更に、名も知らぬ研究者を哀れに思った。


で、殺したの?


パクはフェイにタオルを差し出し
フェイはそれを受け取って強く自身の手を拭いた。


殺すわけないね。
最後は傷口から爆弾を入れてやったよ。
数日は生きてるね。


爆弾?

フェイはパクから受け取ったミネラルウォーターの蓋を開けた。
キャップには茶色い血の塊がつく。

A群溶血性レンサ球菌よ。

フェイが口元から水を滴らせ
それが地面に落ちる。
雨はいつのまにか止んだらしく
厨房は静まり返っていた。



それを傷口から挿入すると、筋肉や周辺組織を液状化する、とておきよ。
傷口がだんだん壊死して、最後は臓器不全やショク状態になって死ぬね。

フェイタンは可笑しくて仕方ないという風ににんまりとして見せた。

別名、人食いバクテリア。


飲み干したミネラルウォーターをテーブルに置いて
フェイは立ち上がった。

パク、団長に伝えるよ。
口が聞けるのはあと1日から2日てとこね。


本拠地を後にしたとき、フェイタンの後ろ姿は心なしか軽快に見えた。



菌が好きだから菌で死ねて良かたね。
本望よ。


私は車の窓を開けて
夜風に撫でられる感覚を楽しんでいる。




















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