密室魚

独りで生きていかなきゃダメだ。


私は生まれた時からそう教わってきた。
だから誰も求めなかったし
誰からも求められないように努めた。


他人には本音ひとつ漏らしたことはない。
自分の心の声を知っているのは自分だけで充分。
なぜなら私は独りで生きていくのだから。


君ひとり?


それは突然訪れた。
自宅マンションのエントランスゲートをくぐったのは
23時を過ぎていた。
いつもこの時間に帰宅するが
ここで誰かにすれ違うことは滅多になかったし
声をかけられることなど尚更なかった。


黒髪の若い男だった。
宅配ボックスの隣に、背中を壁に預ける形で立っていた。
腕を組みながら私を見据えるその顔に
当然見覚えはなかった。


これから帰り?
良かったら、2人で遊ばない?


こんな風に女の子に声を掛けるなんて
きっと遊び慣れてるのだろう。
そしてこの男ににとってはいつものことに過ぎないのだ。



ねぇ、こっち見てよ。
お姉さん。

男に腕を掴まれる。
私は歩みを止めて、男に向き直った。
思慮深げな瞳をした、背の高いイケメンだ。


今日誰かを殺すつもりはなかった。

ほんの暇つぶしで始めた殺しだけど
毎日というのはさすがに気が滅入る。

元来、私は目的を持って命を奪うことには興味ないのだ。
快楽殺人は、死ぬ予定のなかった人から命を奪うことこそに
醍醐味があるというもの。


目の前の男をもう一度見た。
彼は軽い微笑を携えて私を見つめ返す。


仕方ない。
殺るか。


腕を掴む男の手を取って
私は歩き出した。


お姉さん?部屋に連れて行ってくれるの?


男は従順に付いてくる。
今から悲惨な運命が待っているとも知らずに。


エレベーター横の外階段から2階へ上がる。
二人分の足音が小気味よく反響した。


外では、遠くクラクションの音が鳴る。
都市の夜景にじわりと滲んでいくのを
横目で見た。




お姉さんのおうちはここ?


男はにっこりと微笑む。
私も笑顔を作って、小さく頷いた。
そして男を中へ促す。


中に入り、ドアを閉める。
真っ暗な部屋の中で、男の目だけがキラリと光った。


わざわざ来てくれてありがとう。


言いながら廊下の電気をつけると
男も余裕そうに腕を組んで、白い壁に寄りかかった。


やっと口を利く気になったってわけか。


その余裕そうな表情に少し苛立った。
立場が分かっていないのか、初めと変わらずに微笑を携えている。


残念だけど、あなたはここで死ぬのよ。
でも、安心して。
痛みは感じないから。


私は指で空中に四角を描いた。
すると、壁の中から巨大な魚が現れる。


これはね、インドアフィッシュと言って
部屋の中でしか生きられないの。
肉食でね、特に人の肉を好んで食べる。


インドアフィッシュは、男に向かってスルリと泳いでいく。
次の瞬間、視界が揺れて私は床に倒れこんだ。
血が流れていくのが見える。


なんで…


インドアフィッシュは霞となって、やがて消えた。


珍しいものを見せてくれてありがとう。
快楽殺人者さん。


男の声が、上から降ってくる。


外の空気に触れたら、インドアフィッシュはどうなるんだ?


男が私の切断された足首を弄んでいるのを目の端でとらえた。


外の空気に触れたら、そりゃ死ぬわよ。
部屋の中でしか生きられないの。
さっき言ったでしょう。


そんなこと聞いてどうするのよ。
どうせ私を殺すつもりなら、早く殺してよ。


男は屈んで私の手を取って、持っていた本の表紙にあてた。


何してるの?

私が聞くと、男は私の顔をじっと見つめた。
綺麗な瞳だった。


君を殺しはしないさ。
だって
君は愛されたいって叫んでる。
正直に生きれば、君はきっと幸せになるよ。


私が涙を流したのは、男が部屋を出てすぐのことだった。
乾き始めた赤い血が、月明かりに照らし出されていた。




私がインドアフィッシュの姿を見た最後の夜で
私が初めて誰かを好きになった夜だった。




足がなくなろうとも

相棒がいなくなろうとも

愛されるために生きろ。


俺のために。









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