蜘蛛は生きているか。

都市には車で向かった。
駐車場はなかなか見つからないし、駐車料金はかなりいい値段だった。

やっとのことで車を停めて、歩いて目的地に向かうが
私が不機嫌になっていることが、フェイタンにはお気に召さないらしく
私の数倍は不機嫌な顔でついてきた。

大都市の中でも3本の指には入る、有名な老舗ブティックに私達は入っていった。

吐き気がする香水の臭いで充満された店内で購入したのは、フェイタン用のスーツ一揃いと、私のカクテルドレスだった。
別に個人的なお楽しみでパーティーに出掛けるわけじゃなくて、
仕事の変装用で購入したものにすぎない。

請求先はシャルのポケットマネーだったので、オーダーメイドにこそしなかったが、一番高い生地を選び、ネクタイやバックも上等なものを一揃い買った。

商品の郵送手配も済ませ、店を出た時には既に正午になっていた。
午前中いっぱいを買い物に費やしたので
私もフェイもクタクタになり
どこかで休もうか、と入る店を探した。


フェイ、何が食べたいの?


彼は興味なさそうに通りを眺め
目ぼしい店が見つからなかったのか
肩をすくめてみせた。

私も得に食べたいものがなかったので
フェイを促し、
たまたま目に入った喫茶店に入った。

私達がそれぞれ注文をしてグラスを受け取り、席に着くと
彼はイライラとした様子で深くマスクを被り直した。


どうする?


私が聞くと、フェイは眉間に皺を寄せる。


どうするもこうするもないね。
どこから視られてるのか、お前判断つくのか?


分かりきったことを聞くな、というように
舌打ちをされた。


もう何も言わないほうがいいんだろうな。
私が頼んだアイスカフェオレは
ちょっと苦すぎたので
ガムシロップをもらいに席を立った。


私が気がついたのは、つい数分前だけど
フェイはいつから気付いてたんだろう。
私よりも、ずっと早くから分かっていたに違いない。
不機嫌そうに見えたのは、それが原因かもしれない。


狙われているような、強烈な殺気ではなく
意識されている程度の気配しか感じられない。
恐らくは念能力者、または何らかの訓練を受けている者だと思うが、相手の力量すら測ることはできなかった。

愛想のいい店員からガムシロップを1つ受け取ると、私は席に戻った。
フェイのオーラは乱されることなく、平常を装っていたが
内心物凄くイライラしているに違いない。


尾行される、というのは
あまり気分のいいものではない。
気分のいいものじゃないというか、とても神経を使うし、まぁ簡単に言えばイラつくし死ね、と思う。

相手は尾行しよう、と思ってしているわけだから、私達が誰なのか分かっているし、
尾行に伴うリスクも負担も承知なわけだ。
しかし、尾行されている側は違う。
まず相手の能力の程度が分からないし、何の目的なのかも分からない。
分からない以上、下手な行動はできないし、できれば尾行している者を捕らえて殺しておきたいので、尾行されていることに気付いているフリをしてはいけない。
どちらからといえば、こちらのほうがずっと神経を使うのだ。



カフェで過ごしている間、
私はさもカフェオレが美味しくて仕方ないというように振る舞い
フェイは喫茶店に置いてあった週刊誌に、異常な関心を示していた。

そうこうすること1時間
相手側に何の動きもないので、私達は店を出る。
店を出ると、視線はプツンと途切れた。


どうする?もう少し探り入れる?


フェイは短く首を振った。

ここまでイライラさせられたのだから
私はぶっ殺してズタズタにしたい気分だったが
フェイは気乗りしないらしい。


団長が早めに着く言てるね。
やりたいなら、1人でやるよ。


フェイはそれだけ言うと
マントを翻して行ってしまった。

約束していたのが団長だと知って急に気分が落ち込む。

どうしようか迷ったが、団長が近くにいるんじゃやる気も失せるし、
この辺りをブラブラして時間を潰そうと思った。




暇つぶしに見ていた映画の途中で
団長から電話が来た。
もう少しでラストだったが、退屈だったので
すぐに場内を出る。


急に明るいフロアに出たので、目がチカチカしていたが
急いで通話ボタンを押す。
携帯を耳に充てると、すぐに聞き慣れた団長の声が聞こえた。


今何してるんだ?


団長こそ、フェイと何話してるの?


回収します、と礼儀正しく手を差し出した劇場スタッフに
ポップコーンのゴミを手渡して、ニコリと微笑んでおいた。


詮索するんだな。
安心しろよ、
少なくともお前には関係ない、個人的な話だ。


へぇ。


ちょっと癪に障ったが、いちいち突っかかっていると時間がいくらあっても足りないので気にしないことにする。


お前も今から来るか?
飯でも食おう。


お腹は空いていたけど
団長と顔を合わせるのが嫌なので、躊躇せず断った。


そんなことより、早くフェイを解放してほしいんだけど。


別に、俺がフェイを拘束してるわけじゃないしな。

 
団長が話す後ろで、車のクラクションが聞こえる。
外にいるんだろうか。


あ!
もしかして今日私達をつけてたのって、団長じゃないの?


何で俺がお前達を?
何のために?


クロロの、バカにしたような笑いを含んだこの話し方が、私は相当嫌いだった。


その様子じゃ、特定はしなかったんだな。


責められているような気分になって
私はすぐに電話を切る。

団長と話すのは、何か見透かされている気がして
昔から好きじゃなかった。


映画館を出ると
都市の狭い空には一番星が見えた。




結局、フェイが戻ってきたのは
それから3時間が経った頃だった。

私はホテルのバーで、大して面白くもないB級小説を読んでいて
フェイから連絡があった時には
もう3分の2ほど読み終えていた。

先日の自己治癒で使えなくなっていた念能力は
徐々に戻ってきているようで、
それを確かめるように纏に勤む。

視線をページに落としながらではあったが
先日のシャルの発言があったばかりだったので
気がつけば自分のできる最大限の念を発動させていた。

だから、空調の完璧に整った室内で
これほど汗をびっしょりかいているのは
間違いなく私だけだったし
会計を済ませたとき、ボーイが目を白黒させて私をみていることに気がついた。





エレベーターで地上に降りながら
メールを確認すると
フェイは既に車で待っているようだった。




人気のない、高架下の駐車場に近づいていくうちに、異変に気がついた。
街灯は全て消えている。

鼻腔を刺す血の匂い。
死んでる、しかも複数人。

血が示す方角に向かっていくと
転がっている死体の中に1人で立っているフェイタンに気がついた。


どこのどいつだったの、それ。


フェイタンはしゃがんで、傘の柄を
死体の服で拭った。


知らないね。
襲ってきたから殺しただけよ。


首から先が無くなっている胴体が3つ。
どうやら全くいたぶらずに、殺したらしい。


フェイは血で濡れたマントを脱ぐと、くしゃくしゃと丸めた。


疲れた。

珍しくこぼしたフェイの言葉に、
私は返事をせずに頷いた。
すぐそばで男の首が転がっていたが
その顔に見覚えはなかった。





帰宅した私が玄関ドアのノブを回した瞬間に
腰に鈍い衝撃が走った。
そのまま前のめりに玄関に倒れるが、
すぐに髪を引っ張られ、うつ伏せのまま上を向かされる。



フェイは背中を踏んでいる足に力を入れ
更に強い力で髪を引っ張った。


全く、イライラするよ。

呟くような言葉と共に
思い切り背中を蹴られ、髪を引っ張られて部屋の中に引き込まれる。


部屋のドアを開けると、フェイは乱暴に私を投げた。
机にぶつかり、床に倒れこむ。
口の中で鉄の味が広がった。
舌を噛んだらしい。


部屋を汚したくないなら、外でもいいね。


フェイはニヤリと笑い、私に傘の先端を向けた。
今日追跡者をいたぶらなかったのは、この時のためか。
さすがに逃げられないなぁと思い、溜息でもつきたい気分だった。
溜息なんかついた日には、本当に殺されそうなので、絶対にしないけど。


フェイは傘を振り上げて、一気に私の足に振り下ろした。



上半身をばたつかせて、痛みから逃れようとする。
丁度足首のあたりに、傘の柄が貫通している。
フェイは体重をかけて、更に深く柄を潜り込ませていった。


喉が焼けるほど叫ぶ。
救われない叫びは天井に吸い込まれる。


完全に刺さったところで
フェイタンは傘から手を離した。

痛みを振り払おうと藻掻くが、
傘が床にも刺さっているのだろう、
全く動けなかった。



彼はタンクトップを脱いで、筋肉質な上半身を露わにした。


もっと苦しむがいいね。


フェイは再び傘の柄を掴むと
私の表情を楽しむように見つめながら
傘の柄を時計回りに捻った。



意識を手放してしまおうとするが
それに気づいて、フェイが頭を蹴飛ばした。


お前、勝手に終わらせたら両足いくよ。


私は涙と鼻水で濡れた顔を逸らして
目の前の惨劇を見ないように努めた。
余りの痛みに息も荒くなり
時折声も漏れた。


大丈夫よ、今楽にするね。


フェイは自分のものを充てがうと
無理やり中に入ってくる。



フェイは面白くて仕方がないというように笑い、再び傘を振り下ろす。

もう一方の足首に、傘が貫通するのが見えた。


頭が真っ白になって
そのあと波のように激痛が襲う。

興奮で目のつりあがったフェイタンの表情を確認すると、見るな、とでもいうように平手で打たれた。


血が足りなくなって
視界が霞んできたころ、漸く行為は終わった。




治癒をしながら目を閉じて
フェイタンがシャワーを浴びる微かな音を聞いていた。



明日が来なければいいのに、と思った。
血が足りないせいか、いつもに増して疲労しているように感じられた。







翌日は車で現地に向かった。
待ち合わせは、現場近くの廃材置き場。


私とフェイタンが到着した時には
フィンクスは3本目の煙草を半分まで吸っていた。

小綺麗なスーツを着ていたが
私にはどこからどうみてもマフィアに見えた。


遅かったなお前ら。


そう言いながら車に乗り込むフィンクスは
つけすぎたオーデコロンの香りがキツく
私は慌てて窓を全開にした。






現場は郊外の屋敷なので、殆どの招待客は車で来ている。(と、現場には来ないシャルナークが言っていた。)

打ち合わせ通りに、
その辺を通った適当な黒塗りの車を停めて、中にいる人間を引っ張り出し、身分証を提示させて殺した。
乗っていたボディガード風の男二人は、フィンクスが首を折り、後部座席に座っていた豚にそっくりな男は、私が指先で心臓を貫いて殺した。

どうやら豚男は、身分証から見るに政府の高官らしい。

こいつが顔を知れているのかどうか分からないし
誰もこの豚にはなりきれないんだから
生かしておいたほうが良かったんじゃないか、と思ったが
助けてくれ、と懇願されたのでムカついて殺した。


後先考えずに殺してしまったのは
今日の私がことさらに苛立っていたからかもしれない。

3つの死体はとりあえずトランクに放り込んでおいた。

フィンクスが運転し、一本道を屋敷まで向かう。
誰が豚になりきるか口論があったが
ジャン負けでフィンクスに決まった。
私達は、連れということになる。

屋敷に入り込むまではおとなしくしていよう、というのがシャルの作戦だった。

誰が情報を握っているのか、検討もつかないからだ。
下手に騒がれて、張本人が避難してしまうと手間になる。


車内では誰も声を発しなかった。
唯一、鼻炎気味のフィンクスがたびたび鼻をかむ音だけが響く。
そんな鼻してるから、つけすぎたオーデコロンにも気がつかないんだと言ってやりたかったが
今日に限っては余計な労力を使いたくなかった。


一本道の先に、丘が見えてくる。
その上に、屋敷が立っているのが見えた。
こんな遠くからでも確認できるということは、相当デカいに違いない。

フィンクスは片手で煙草に火をつけて
アクセルをさらに踏みなおした。
ミラーで後部座席を確認すると、フェイタンがたいそう機嫌が悪そうな顔で腕を組んでいる。

フェイが車内で煙草吸うなって言ってるよ。

面倒くさそうにハンドルを握るフィンクスに話しかける。

うるせぇ、と短く返ってきただけだったが
横顔を確認すると、窓の外には丁度捨てた煙草が
風に乗って車の後ろに吹き飛ばされるところだった。


正門の前には高級車が先に10台ほど並んでいた。
すっかり陽は落ちて
正門は照明で照らされているものの
大きくて立派だということが辛うじて分かる程度だった。

一台一台、検問が入っているらしい。

フィンクスはサングラスをかけて、
フェイは使い捨てのマスクをつけた。
私も何かしようかと思ったが
あいにく何も持ち合わせていないので
仕方なくリップをもう一度塗り直した。

私達の番になり、警備服を着た男が2人
すいませんね、と言いながら身分証と参加証の提示を求めた。
トランクの男のものであるそれを提示し、何の問題もなく通過した。


駐車場は、向かって左になります。
警備の者が案内しますので。


40代くらいだろうか。
歯が一本かけていて気持ち悪いな、と思った。歯が一本欠けたくらいで気持ち悪いと思われるんだから、歯って結構大事だと思う。



小太りの男の案内で奥まった駐車場に案内された。
車を降りると、先ほどまで生温かった夜風は
少しだけ冷たくなっていた。


じゃ、手筈通りに。



フィンクスはそう言い残すと、フェイタンと一緒に行ってしまう。

残された私は、二人とは反対の方向に歩き出す。
駐車場の砂利はギシギシと音を立てた。




シャルの調べ通り、それはちゃんとそこにあった。一般宅の一軒家ほどの大きさだが、物置のような使われ方をしているらしい。
その裏まで行って、周囲に誰もいないことを確認して、空を見上げた。

不気味なほどに綺麗な満月は
蔑むように私を見下している。
脱いだ衣服を地面に放り投げて
もう一度光源を睨んだ。






ハンドバッグから短刀を取り出し、鞘を抜く。
満月の光に照らされて燦然と輝く刃に、
少しだけ気が滅入る。

わざわざ、こんな明るい夜に
盗みを働かなくてもいいのに。


ため息をついて、柄を握りなおす。

怖くないわけじゃない。
私だって痛いのは嫌だ。

目を瞑って、再び深呼吸をした。


胸に刃を当てがい
吐き出す息と同時に、強く押し込む。


激痛に声が漏れそうになったが
歯を食いしばって堪えた。

胸からは勢いよく血が吹き出す。
あっという間に地面は赤く染まった。


脂汗に塗れた手を今一度強く握り
短刀を抜く。

血で濡れた刃は、やっぱり満月の光を浴びていた。


傷口に集中する。
すると赤く吹き出していた血は
金色に染まっていく。

それは一つの線になって
次第に蛇に姿を変えた。

短刀を落とし
念を集中させると、
3mはある、金色の大蛇になった。

地面に這いながら
蛇は鎌首をもたげ、主人を見た。


目をそらすな。


頭の中で蛇に念じる。
蛇はじっと私を見つめ、赤い舌をシュルシュルと震わせた。


情報を持つ者に触れた時
その腕に噛みつけ。


蛇は理解した、というように目を伏せた。


入れ。


頭の中で相棒に命じると
蛇は傷口から身体の中に入り込む。

私は再びオーラを集中させ
いつもの手順で自己治癒を完了させた。


実体はないが、蛇は私の身体の中にいる。
そして、その発動条件が満たされたとき再び実体となる。


地面に座り込むと、胃液が逆流してくるのが分かった。
頭はぼんやりとしていて、自分のものではないほどに身体が重い。


荒い息を整えながら目を閉じる。


血が足りない。


昨日のフェイタンの顔が頭に浮かんできて
心底苛立った。





ハンドバックからミネラルウォーターと香水のビンを出し
血で汚れた地面にブチまけておく。

既に乾き始めていた血は
水と混ざって流れていった。





私は意を決してカクテルドレスを再び着込み、
何くわぬ顔を取り繕って本会場へと向かった。


中に入ると、ロビーは広々としていた。
会場に入る前に、受付をしなければならないらしい。
受付の男が身分証の提示を求めている声が聞こえた。


単なる社交パーティーにしては厳重すぎる気もしたが
情報が漏れていたとしても
それはそれで面白いので放っておくことにした。



今しがた1人で入ってきた女に声をかける。
白いパーティードレスを着た細身の女は少し急ぎのようで、心なしか早足で向かってきた。


すみません、気分が悪くなってしまったの。
1人で歩けないから、あなたもトイレに付き添ってくださる?
ここのメイドだと、なんだか頼りなくて。


若そうな彼女は、本当に心配そうな表情をして
付いてきてくれた。
メイドに場所を聞き、私達は2人でトイレに入っていった。
ご綺麗で広すぎるそこに、個室は8つほどあったがどこも閉まっていない。2人だけだ。


私は一瞬の隙を見計らって彼女の口を押さえ
膝で鳩尾を狙って蹴りを入れた。
彼女は悲鳴も出さずに床に倒れる。
これで逝ったはずだが、窓から捨てる前に、念のために喉元を抉っておいた。


短い人生の終わりが、トイレなんて情けない。


彼女の持ち物の中にあった身分証を手に
私は再びロビーへ戻った。



会場には、500人近い人がいた。
この中に情報を握っている奴がいる。



立食パーティーらしく、みんなそれぞれ手に皿を持っていた。
私も皿を一枚受け取り、食べ物を取りながら
何人かに話しかけて、さり気なく体に触れた。


特に変化はなく
そうこうしているうちに2時間が経ってしまった。
パーティーは23時まで。
時計はもう21時を指している。

人と話すことは嫌いだったし
だんだんと焦燥感に駆られていく自身を諌めなければいけなかった。

途中で何度かフェイタンとフィンクスとすれ違ったが、私達は特にコンタクトを取らなかった。

招待された弦楽四重奏の演奏が始まる。
バイオリン二本、ヴィオラ、チェロの一般的な編成だ。
曲はラヴェルのヘ長調。聞き慣れた曲なだけに、招待客の殆どが熱心に聞き入っていた。

精一杯うっとりと演奏に耳を傾けるフリをしていると
突然、肩を叩かれる。


振り向くと、長い髪の男が私を見下ろしていた。
形容しづらい表情、
あえていうなら蝋人形のような顔をした男だった。


目の奥はまるで、深い洞窟のようだ。


君、部外者だよね。
外に出てもらうよ。


その男は、ついてこいとばかりに歩き出した。

触れることさえできれば、全て終わる。

だから従順に背中を追いかけた。


男はロビーを抜けて、奥にある小さな扉の中に入っていった。

私も続いて入ると、中はガランとしていて、ソファが2つとテーブルが1つ置いてあるだけの狭い部屋だった。


誰もいない。殺るか。


そう思ったとき、男は私に向き直って腕を組んだ。

君、旅団だよね。


高く印象的な声で男は言った。


私は驚いて目を見開く。


当たり?

そっかあ。ふーん。

それで、クロロは元気?
クロロとはちょっとした縁でね。
結構長い付き合いなんだ。


髪を掻き分けながら私をまじまじと見る男は
やはり洞窟のような暗い目をしていた。


でもね、今日は別件。
君には死んでもらわないといけないんだ。
しょうがないよね、ボクも仕事だから。



私が後ろに跳ぼうとしたが、右足が遅れた。
気づいた時には心臓に何かが刺さっていた。



ドサリ、と私は床に膝をついた。


あれ、結構身構えてたんだけど呆気ないね。
何かトラップがあるのかな?



心臓のあたりからは
またしても血が噴き出していた。

血が止まらない。

今の私には止められない。

彼は近づいてきて、私の目の前で屈んだ。
私の顎を持ち上げる。
彼は私に顔を近づけて、目の奥を観察した。


残念だね。いい女なのに。


私の頭にポン、と手を置いて
男は立ち上がる。

足音が遠退いて行って
ドアがパタリ、と閉まった。


私にはどうすることもできない。


心臓に刺さった二本の針、
これを抜けばもっと血が出てしまう。


私は残る力を振り絞って
震える手でバックを漁った。
やっとのことで携帯を見つけるが、
コールを押す前に、前のめりに倒れた。


手の端から冷たくなっていく。

これで終わりか。
命とはなんて儚いものなんだろう。



目を閉じようとした時
ドアがギィ、と開く音がして
誰が入ってきた。


おい。


呼び掛ける声が聞こえた。


だめそうか?


私はフェイのほうを向こうとしたが
どうにも身体が動かなかった。


フェイが私の近くで屈むのが分かった。
私の首が持ち上げられて、高い位置に乗せられたらしい。
フェイの膝だった。

悲しそうな、怒っているようなフェイの顔と目が合った。

何も言わずに、私の目を見ていた。
両手で私の頬を包む。
その手がとても、温かかった。


最期に冗談でも言おうとして
口を開けたけど、情けない息の音しか出なかった。

フェイタンの肩を叩こうとして
右手を挙げようとしたけど
指一本動かなかった。



目、閉じていいね。


もう行っていいよ。



フェイの言葉を聞いて、
私はそのまま目を閉じた。





何も、見えなくなった。



その時、蛇に喰われて蜘蛛は死んだ。











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