いつか消えてなくなる幸せなのに

黒のドレスが似合わない、と鼻で笑われた。
フェイタンこそスーツ似合わないよ、と心の中だけで思った。

フェイタンは底の深いグラスに入った、綺麗な青色のカクテルを飲んでいた。
甘いの嫌いなはずだけど、一体どんな味のカクテルを飲んでるんだろう。
かくいう私のグラスに入ったチャイナブルーはしつこいくらい甘くて、煙草との相性はサイアクだった。


この仕事が終われば
また少し休めるね。


フェイはため息混じりにそう呟いた。
イライラとした表情や口振りとは裏腹に
今回の仕事には積極的な意志を持って臨んでいるはずだ。
シャルが持ってきた案件なだけに、
いつも通り参加を表明する団員が少ない中
比較的早い段階で立候補したメンバーの1人だった。

私はシャルに脅されて渋々参加したクチなので、フェイタンほどやる気はないし、手伝える仕事だけ手伝って、あとはのんびり観戦しているつもりだ。



不味そうなカクテルが半分程になった自分のグラスを見つめて、フェイは舌打ちした。


待ている時間が無駄ね。
先に話を進めるよ。


フェイは眉間に皺を寄せて、私を見た。


フィンクスには電話したの?


ハッ、いつからワタシはヤツの時間管理の面倒まで見ることになたか。


フェイタンは爪でカウンターを叩きながら、鋭く私を睨む。


フェイがそんなに気にしてるなら
ご自身でお確かめになったらいかが?って意味なんだけど。


ならお前がするね。


フェイは苛立った様子で
グラスに残っていた酒を一気に飲み干し
カウンターに叩きつけた。
強化していたのであろうグラスは割れなかったものの、カウンターの石には亀裂が入った。

バーテンダーが、驚いた顔で此方を見る。
その筋の者と思い怖れたのか、何かを言ってくる様子はない。

店内に流れるBGMのジャズだけが、軽快にリズムを刻んでいた。

私もわざと荒々しい動作を心がけてカバンから携帯を取り出し、フィンクスに掛ける。

灰皿に転がした煙草の火はまだ消えずに、
煙が高く登っていた。



おう、なんだ。



唐突にフィンクスが電話に出る。



なんだ、じゃないんだけど。
今どこにいるの?


電話を片手に新たな煙草の火をつけると
フェイタンは煙を鬱陶しそうに払った。



あ?
お前もうフェイと一緒なのか?
わりぃが、30分は遅れるわ。
到着する頃にまた掛ける。じゃあな、



一方的に電話は切られ、
通話終了を告げる無機質な音が発信されるだけとなった。

フェイはそれを察したようで
本日2回目となるグラスへの八つ当たりを披露してくれた。
バーテンダーは、今度は此方を見ずに顔を顰めた。



もう帰るね。バカらしいよ。



マスクを深く被りなおすと
そのまま立ち上がってスタスタと行ってしまう。



ちょ、ちょっと待ってよフェイタン!



私は慌ててカバンから現金を取り出し、
カウンターに多めに置くと
急いで後を追った。

店の外に出るも、
すぐ正面のエレベーターホールには既にフェイタンの姿はない。



くっそ。


ヤツの短気さと自分勝手さには殆ど愛想が尽きていたし
このまま無視して帰ってもいいのだけど
追いかけなければ追いかけないで後が大変なのが分かっている。
本当に面倒臭いやつだし、殺せるものなら8年前に既に殺していると思う。

ふいに目をやると、ホールの向かいに大きな窓があるのが見えた。

そこまで走って行って、ガラガラと窓を開けると
夜風がビュオッと入ってきた。

振り返って、
フロアには誰もいないことを確認する。


ここから行くしかないか。


意外と高い位置にあるサッシまでよじ登り、
下も見ずにそのまま飛び降りた。


夜風が冷たい。
ネオンがまるで流れ星のように、
私の視界を縦に走った。


バーのフロアは7Fだったので、特に不自由なく着地する。
上からは気がつかなかったけど、
大通りに面したビルだったのでこの時間でも人通りが多かった。
突然歩道に人が降ってきたとなれば、通行人が驚くのも無理はない。

スーツのオッサンが悲鳴をあげたのを見た気がするが、気にとめる間もなく正面口に走った。





私が柱に寄りかかって待っていると
間も無くフェイは出てきた。

フェイは眉間に皺を寄せたまま
私を無視して通り過ぎる。
その態度に腹が立ったが、自分自身で諫めて後を追う。
足早に駐車場へと向かうフェイタンに
無理矢理歩調を合わせて歩いた。


フェイ、本拠地に戻るなら
ついでに下見していこうよ。


フェイは此方を見ようともしない。



このまま帰るの?



フェイは相変わらず黙りこくったままで、
うんともすんとも言わない。

こいつ本当にめんどくせーなーと思いながら、そういえば、今日向かいでシェイカーを振っていたバーテンが結構イケメンだったことを思い出した。

カバンの中で携帯が震えていたが
多分フィンクスが到着した連絡だろうと思い、無視した。

何時間でもそこで待ってろよ、眉なし、
と思って少し笑えた。





本拠地に戻ると、ガランとした広場には誰もいなかった。
フェイタンはそのまま地下牢に降りてしまい、手持ち無沙汰な私は、厨房に足を運んだ。

いつものクセで冷蔵庫を開けるが
目ぼしいものは見当たらなかった。

懲りずに厨房の至る所を漁るが
やはり食べられるものは何もないようだった。

何か買ってくれば良かった。

ポッキーを一箱見つけたが、汚い字で大きくノブナガと書いてあったので
手を付けずに置いておいた。

仕方なく麦茶を飲んで腹を満たした私は、
寝る場所もないので地下牢に向かう。


数年前まで、ここは賑やかで楽しい場所だった。
私達が故郷を出てきて、自分達の手で作り、住んでいた場所だ。
今でも残っているメンバーは少なからずいるものの
多くの団員は別の棲家を見つけて出て行った。

昔は、みんなでご飯を食べたり
夜中までボードゲームをしたり
念の修行をした。

寝ても覚めても、常に誰かと一緒だった。
それが鬱陶しくも、家族のいない私にとっては嬉しかった。


少しばかりの感情に浸りながら
地下に向かう螺旋階段を降りて行く。

降りた先には、扉が1つあるのみ。
フェイタン専用の拷問部屋、通称地下牢だ。
地下牢と言われているが、誰も閉じ込めたり捕らえたりしたことはない。
捕虜がいたとしても、フェイが拷問にかけてすぐに殺してしまうからだ。
とはいうものの、幾多の拷問が行われ
床という床は人の血をこれでもかと言うほど吸っている。

特段綺麗好きというわけでもないフェイタンが主に使用しているので
一年中なんとも形容し難い生臭さが漂っていた。


扉を押して入ると、蝋燭の灯りだけが揺れているのが確認できる。
フェイはその近くに腰を下ろし、何やら分厚い本を読み耽っていた。

私が近くに寄っても関心を示さない。
これはフェイタンの、構うなというアピールであることを知っているので
私は隅に置いてある拘束用のベッドに寝転んだ。


この数日動きっぱなしで疲れていたので
すぐに眠気が襲ってきた。

しばらくその状態で目を瞑っていると
フェイが動く気配を感じた。

立ち上がって此方に向かってくるようだ。

私も目を開けて身を起こそうとするが、フェイは表情だけで動くな、と言った


良いエモノが手に入ったよ。


胸ポケットから何やら薄汚い包みを取り出して
蝋燭の灯りにかざしてみせた。

丁寧に包みを開くと、細かな装飾の入った柄が見える。
柔らかな明かりに照らされた刃は20cmほどあるようだった。

フェイは私を見て
楽しくて仕方ないとばかりに目を細める。


念でガードしたら殺す。
抵抗しても殺す。


そう言うと、素早い動作で私の上に飛び乗った。


フェイの膝が私の鳩尾を押さえ込む。
左手で肩を押さえ、ナイフを振り上げた。

表情は、影になってよく見えない。



両手でフェイの膝を押し返すと、更に力を入れて鳩尾に食い込ませた。


聞こえなかたか?抵抗したらもと酷い目にあうよ。


私の手は、近くにあったフェイタンのマントの裾を握りしめた。
ヤツは再び大きく振り被る。
私が恐怖に目を閉じた瞬間、
胸のあたり強烈な痛みが走った。


自分から出たものとは思えないような
太い叫び声をあげる。


胸に激痛が走る感覚と同時に、自身の皮膚が裂けていくのを見た。
背中のほうまで温かい血が流れていくのが分かる。
経験したことのない痛みに、私は声にならない声を出し続けた。


フェイは肩を押さえていた左手を離し
私の首を掴む。


痛いか?


このナイフ、刃が鋸のような形状をしているね。
より痛みを感じやすいように。



フェイはニヤリと笑い、傷口にあてがっていた刃物を深く押し込んだ。

骨が割れる音がする。



ハハ、久し振りに興奮してきたよ。



フェイは刃物を一気に引き抜くと、
まじまじとそれを観察した。



見た目ではよく分からないが
通常より痛みを感じやすいのは本当か?



大きく抉れた傷口に、指をあてがう。
まるでこれから何をされるのか予期しているように
私の全身は恐怖に震えた。


答えるよ。
答えなければ実験台にしてる意味ないね。


返り血で染まった頬をぬぐい、
薄ら笑いでフェイタンは問う。

クソサディスト野郎がこの程度で終わらせるわけはないと知りながら、懇願せずにはいられなかった。

小声でごめんなさいと繰り返す。
息を吐くように自然と出てきた言葉。
まるで何年もそれを繰り返してきたように、
いや、私は何年もこれを繰り返してきたのだ。
目の前にいる男に、玩具のように弄ばれながら。


フェイはさらに口角を上げて
可笑しそうに笑い、私の苦しそうな顔を堪能しながら
細い指先を傷口に挿入していった。


痛みに腰が浮く。


この程度の傷、唾でもつけておけば治るね。
私がやてやるよ。

フェイは口元を傷口に近づけて
傷口を舐めた。

舌を傷口に挿入し、胸骨を舐め上げる。
今や全身の神経が悲鳴をあげていた。

胸元の彼の口は、赤く染まっていて
月明かりに照らされるそれは、余りにも不気味だった。









腰を打ちつけるリズムに合わせて
フェイタンは荒い息を吐く。

時折傷口に舌を這わせたり、指先を挿入して
私が痛がっていることを確認した。

大きな声で叫び、懇願するたびに
フェイタンは腰を一層激しく動かした。


快楽を貪るフェイタンの顔は
涙目の私には苦しそうに見える。



最後は私の首を目一杯の力で締め上げて
フェイタンは果てた。







しばらく覆い被さっていたフェイタンは
興が冷めたように立ち上がると
するりとベットから降りた。


既に満身創痍で、今にも意識が飛びそうだったが
なんとか自分を奮い立たせて身体にオーラを集中させる。
手負いの箇所が段々癒えていくことを感じた。

骨まで到達していた傷口すらも綺麗に塞がって、
ベット一面の血の海だけが惨事を物語っている。


フェイはいつのまにか黒いパーカーを羽織っている。
つまらなくて仕方ない、という表情で私を一瞥し
そのまま地下牢を出て行ってしまった。



やっと終わった。


ため息を吐きながら座り込む。

こんなこと許容してはいけない。
そう思いながらも、フェイタンを受け入れてしまうのは何故だろう。

人を傷つけながらでしか性的な興奮を得られない男と
その男のためだけにあるような能力を保有している女。


そんなみっともなくて哀しい関係、
一体誰が望んだのだろうか。











だからといって、お前抜きでやるわけにもいかないだろ。

フィンクスはタピオカを吸うのに苦戦しながら答える。
ストローでが鳴る音だけは立派だが、全く吸い込めないらしい。



そんなことないでしょ。
私はついこの間仕事したばっかだし
もう充分稼いだもん。



フィンクスは諦めたのか、プラカップをぐしゃりと握り潰し、広場の隅にあるゴミ箱へ見事にシュートさせた。

薄暗くはあるものの
ところどころ屋根の剥がれた広場には
朝の光が差し込んでキラキラと光っていた。

フィンクスは瓦礫の上に座り直して、
腕を組みながら私を見た。


そうかもしれねぇが、
意外と苦戦しそうなんだよ。


フィンとフェイが2人いて
苦戦するってどんな状況なの?



要するに、ただぶち殺して済む現場じゃねぇってことだ



フィンクスのジャージが、いつものそれじゃないことに気がついた。
新しいものをおろしたのだろうか。
襟から出た値札が申し訳なさそうに揺れていた。

ポケットから銀色のライターを取り出して
咥えタバコに火をつけてみせたが
全然かっこついてないよ、と心の中だけで呟いた。


具体的に、何をすればいいの?


私もフィンクスの隣に座って、煙草を咥える。


なんかよくわかんねーけど
警備をばーっと殺して
情報握ってるやつを見つけ出して
ツメて、情報を聞き出して、ズラかる
みてーな感じだったな。


じゃあ私いらなくない?


煙を吐きながらフィンクスを見た。


フン、問題は、誰が情報を握ってるかわかんねーってとこだな。


フィンクスはこれ以上何も聞くな、とでも言いたげに立ち上がった。



なるほどねぇ。


私は小さく呟くと
空を仰いで、煙が高く昇るのを眺めた。





シャルが到着したのは、正午過ぎのことだった。



ごめんごめん!ちょっと色々やっててさ!



金髪クソ野郎は広場に入ってきて、開口一番そう叫んだ。



お前何時だと思ってんだ、コノヤロー。

死んだほうがいいね。苦しんで死ぬべきよ。

シャルっているだけでムカつくよね。


私達が口にした不平不満を、
シャルは全く無視して厨房に入っていった。

しばらくして、コーラのペットボトルを手に戻ってきたヤツは、悪びれる様子もなく私達の目の前に腰をおろす。


さてと、じゃ始めようか。


フィンクスが、シャルの膝を蹴飛ばす。


てめー遅れてきたくせに仕切ってんじゃねーよ殺すぞ。


え?だってこのメンツじゃ俺が仕切るしかないじゃん。別に俺はフィンクスが仕切ってもいいよ。
できることならね。


フィンクスが大真面目にガンを飛ばしているのに、ここまで屈託なく笑えるのはコイツだけだなーとつくづく思った。


ねぇ、


シャルが怪訝そうな顔で私を見る。


なんかあった?
オーラの絶対量が少なくない?


シャルには目を合わせずに
肩をすくませて見せた。


フェイは黙れ、とばかりにシャルを睨んでいる。


お楽しみのために毎回その調子じゃ
近いうちに後悔することになりそうだね。


シャルは意味ありげに微笑んでみせる。
柔らかな表情とは裏腹に、右手に握りしめた携帯は
ミシミシと音を立てた。

フェイは苛立ったように立ち上がるが、フィンクスがフェイの肩を掴んで制止した。



なんなら俺がやってやろうか?

今すぐ



私の首元を狙って飛んできたアンテナを指先でキャッチしてみせ、両指でへし折る。




団員同士のマジギレ禁止、というフィンクスの言葉で
一旦鞘を収めることになったが
ミーティングの間は私もシャルナークも
隙あらば攻撃しようと見計らっていた。


フェイタンは何にも興味がないようで
空中をぼんやり見つめたり、
資料に目を落としたりしていた。




ミーティングは、そのまま5時間ぶっとおしで続いた。
途中で何度か煙草休憩があったが
それ以外は額を突き合わせて、ずっと話したり、悩んだりしていた。

終わった頃には、既に陽が落ち始めていて
フィンクスとフェイは、さっさとどこかへ出掛けてしまった。
多分、気晴らしに何か盗むか殺すかしに行ったんだと思う。

私も外に出て、だんだん暮れていく空を見ながら煙草をふかしていた。
本拠地であるこの廃墟は、山の上にあるので
外に出れば遠くの都市まで広く見渡せた。


足音がして振り向くと、シャルが手を挙げて近付いてきた。


ねぇ、怒ってる?

シャルは半分楽しそうに、半分泣きそうな顔でそう聞いた。


別に。


私は苛立って、煙草の火を消す。
踵を返そうとすると、シャルがTシャツの裾を引っ張った。


俺のさー、

落ちていく陽を見ながら
私に話しかける。


能力、教えてやってもいいよ。



私は、裾を引っ張るシャルの腕を掴み返す。


興味ないから。


シャルはわざとらしく溜息をついてみせた。
オレンジ色に照らされた顔は笑みを携えているが、
目の奥は笑っていない。


正直言って、邪魔なんだよね。
オーラの量が減ったり増えたりされるとさ
戦闘力としてカウントしづらいんだよ。


掴まれた腕を振り解いて振って見せたシャルは
もう一度遠くを見た。


そのリスクでどんなリターンが返ってくるのか知りたい。
そのリターンが蜘蛛にどんなメリットがあるのか知っておくことは、
俺らの前進のために必須だよ。



リスクが大きすぎるから、と付け加えて
シャルは踵を返した。


残された私は手にオーラを集中させたが
擬すら使えない今の状態では
何も確認することはできなかった。




戻ってきたフェイとフィンクスは、予想通り血生臭かった。
フィンクスは上機嫌で買ってきたチキンにかぶり付いていたし
フェイタンも珍しくよく話した。


フェイタンがこんなによく話すのは本当に珍しいから、よほど楽しかったか、よほど良いことがあったに違いない。
フィンクスも意外だな、と言いたげに目配せしてきた。

私は仕事の準備がしたかったので、本来なら構っている暇はなかったが
滅多にないことなのでフェイに付き合った。

夜も更ける頃になって、シャルは自宅へ戻っていった。


パクが本拠地に戻ってきた。
ノブナガとウヴォーギンの居場所を聞いてみたが、知らないという。
(2人でどこかに行ってるのかしら。
まぁ、そのうち戻ってくるんじゃない?)

パクは簡単なパンを焼いてくれて、4人で食べた。

3人で話す馬鹿な話を黙って聞いていたパクは
時折呆れたように笑う。

フィンクスはパクノダに照れているのか、一言も話さなかった。


3人は今一緒に暮らしてるの?


パクはバターを掬いながら聞いた。


ううん、今はフェイと私だけ一緒。
別に3人でもいいんだけど、フィンクスが最近まで1人で仕事してたから。


そう。
フィンクスはどこの国にいるの?


パクノダに聞かれて、フィンクスは驚いたようだったが、目を合わせずに
NGL、と小さな声で言った。


パクは怪訝そうな顔で私を見たが
気にしないことにしたらしかった。


姐さんは今何してるの?


私?私は相変わらずよ。
団長の仕事のこととか、ウヴォーとノブナガの仕事手伝ったりとか。


パクは、旅団の中でも比較的難しい仕事を任されていた。
基本的に、団長の仕事をサポートしているのは常にパクだったし
旅団の中でも比較的発言力のあるウヴォーとノブナガの手伝いをしているのもパクだった。
その3人の下で働くなんて、私なら2日と持たないだろう。

ストレスで死んでしまう。
文句ひとつ言わずに、黙々と仕事をするパクは、本当にさすがだな、と思う。

フィンクスが煙草を吸いに立ち上がったので
私もそれについていった。
何故かフェイタンも立ち上がったので
3人でゾロゾロと外へ向かう。


フィンクスさー、姐さんが目の前にいると
すぐ態度に出るよねー。


私がからかうように笑うと
フェイタンも頷いた。


あ?!?!なんのことだよ!!
ぶっ殺すぞ!!


顔を赤くして否定するフィンクスは
本当に、気持ち悪いなぁと思った。
フェイも同じことを思ったのか
嘔吐する真似をして、フィンクスに頭を叩かれていた。


おい、


私が煙草に火をつけたとき、フェイが言った。


今日は帰るよ。服がこれしかないね。


フィンクスはダルそうに煙草を吸っている。


そうだね。
私もここにいると不便だし、今日は帰ろうか。
フィンクスはどうするの?


俺は飛行船がもうないから、ここでいいわ。


フィンクスは鉄柵に腕を回し、ブラブラと揺らしながら答えた。


そう。じゃあ、また当日だね。


それからしばらく3人で、フィンクスがどうしたらパクを口説けるか口論したあと、
フェイタンが車に向かってしまったので
私もフィンクスに手を振って本拠地を後にする。


去り際に、もう一度フィンクスを見たが
彼は此方を見ていなかった。


車内には、好きなバンドの一番新しいアルバムを流していた。
私が運転する横で、フェイタンは黙って景色を眺めていた。


団長が、大きな仕事をする言てたね


フェイタンは呟くようにそう言った。


それ、誰から聞いたの?


団長からよ。この前会たね


エアコンから排出される空気は
少し湿っぽい臭いがした。

フェイとクロロが、私の知らないところで会うなんて。というか、そんな機会は一体いつあったんだろう。

フェイは、爪に入った血の塊を
どこから持ってきたのか分からない爪楊枝で掃除するのに必死になっていた。


何か聞いたの?



別に。来年の夏頃とは聞いてるが
それ以上は何も言てなかたね。


ため息混じりに答えると、
相変わらず熱心に爪をほじる。


へぇ。全員参加するのかな。


危うくぶつかりそうになった乗用車を一台交わし、大通りを直進する。
街灯のオレンジ色の光が、幻想的に後を追ってきた。


団長命令なら、きと全員参加ね。


どうかな。
あの4番の、誰だっけ。
ピエロみたいなやつ。
あいつは絶対来ないでしょ。


フェイは勢い余って爪楊枝を追ってしまったらしく、窓からそれを投げ捨てる。
窓を開けた瞬間に、ビュオッ、と風が鳴った。


ワタシ、そいつ見たことないね。


そうなの?団長が紹介したとき
フェイいなかったっけ?
なんかホントに気持ち悪いヤツだよ。
私アイツ嫌いだわ。

フェイはハハ、と口だけで笑った。


ワタシも嫌いね。


え?フェイ会ったことないんじゃないの?


私がフェイの顔を見ると、
前を見ろ、と腹を小突かれた。


お前が嫌いなら、きとワタシも嫌いね。


フェイが真面目な顔で言うから
冗談なのか本気なのか分からなかった。


そういうものかな、


小声で言った言葉は、フェイには聞こえていなかったのかもしれない。






部屋にはいるやいなや、フェイタンはよろよろとソファに近づいて、そのまま身を投げた。


もう寝るの?


返事はない。

私も部屋の明かりをつけずに、
そのままベットで横になった。

壁にかかる鳩時計も、一際大きい木の本棚も、パソコン用に買ったデスクも
出て行ったときのまま、そこに在った。

目を開けて、白い天井を見つめた。
私はたまに、不安になる。

何不自由無い、この日常がとてつもなく不安になる。
フェイは寝息を立てている。
すっかり眠ってしまったようだった。

彼が無防備なまま眠れるようになったのは、一体いつからだろう。
それを不思議だと思わなくなったのはいつからだっけ。
私達は、いつからあの街の孤児じゃなくなったのだろう。

いや、違う
だって誰も守ってくれないから。

私達はまだ、そしてこれからも
ずっと帰る場所のない孤児のままなのかもしれない

その夜、不思議な夢を見た。

団長が何か話していた。
私達は輪になって、その話を聞いていた。
ウヴォーは耳をほじりながら、
ノブナガは刀を肩にかけて、ときおり眠そうに欠伸を噛み殺していた。
フィンクスは私の隣にいて、シャルの頷き方の真似をして私を笑わせようとする。
シャルはそれに気づいて、やめろ、と口の形だけで言う。
フェイはマチの隣に座っていた。
マチはあぐらをかいて座っていたが、座りにくいようで、何度か体勢を変えていた。
パクは団長の隣で、資料か何かに目を通している。

昔よく見た、日常的な光景だった。

でも、暫くはこうやって、みんなで顔を合わせて話すことは少なかったかもしれない。
私はなんだか、すごく満たされた気持ちになった。

不意に、団長が私に視線を向ける。
あまり緊張していない、フランクな顔で私を真っ直ぐ見て、こう言った。


ところでお前、蜘蛛は生きてるいるか。


私はそこで目が覚めた。目が覚めたときには、その夢も全て忘れていた。


目を覚ますと、フェイは既にいなかった。
多分、いつもの公園に向かったんだろう。
フェイは、起きると必ずブラブラと散歩をする。
余りにも低血圧で絶対に布団から出ないフェイを見兼ねて、マチが強制的に組み込ませた朝の日課だ。
一度身体を動かすと、身体のダルさは幾分マシになるらしい。

私は朝ごはんを食べないので、フェイの分のパンを焼いて、コーヒーを作っておいた。

何気なくテレビをつけると、しつこい顔のアナウンサーが、早口で何かを捲したてていた。

どこかの都市の、どこかのビルの、あるフロアのバーの人間が皆殺しにされていたらしい。
心当たりはあるが
この人達殺した?と本人に聞いたところで
何の得にもならないので
そのニュースを聞き流すだけにしておいた。

番組は、お決まりの遺族のお涙頂戴コーナーに移る。
誰々の母親だという人物が、どうして息子が、とかなんとか言っていたが
私はそのときテーブルに灰皿をぶちまけてしまった始末に忙しくて
それどころではなくなった。


テーブルを拭いながら
なぜだか、昨日のシャルの横顔を思い出す。

私にも死は訪れるのだろうか。


鼻に触るようなゴテゴテのバーで
ゴミ屑のように殺されたこの人達のように
私も首の根を掻き切られる時が来るのだろうか。


致命傷ほどの傷に伴う、
この世の終わりのような痛みの引き換えに発動する能力。

致命傷ほどの傷を完治させる治癒能力と引き換えに使えなくなる念能力。


この制約と誓約が
私の身を滅ぼすことになるのだろうか。

蜘蛛を死の淵に追いやることがあるのだろうか。


灰だらけになった布巾をゴミ箱に放ったとき、
フェイタンは帰ってきた。









フェイが朝食を食べ終わる頃、
私はやっと身支度が終わって、出かけられる準備が整った。


車と電車、どっちで行くね。


フェイは言いながらコーヒーを啜り、顔をしかめた。
思ったより熱かったらしい。


どっちでもいいけど、 夜は約束があるって言ってなかった?


だったら何か。


いや、別に。



誰と会うんだろう、と考えながら
コーヒーを一口啜ると、確かに舌を火傷するほど熱かった。

















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