拾われっ子の私は、何かを望むことを許されないまま生きてきた。
服もご飯も、愛も自由も、何も欲しがってはいけない。
でもそうして言いつけを守っていれば、いつか報われる日が来るのだと信じていた。いつか、綺麗な洋服を、たくさんのご飯を、あたたかな愛を、無限の自由を、与えてもらえると信じていた。
そんな日は来ないまま、私は育ての親に売り飛ばされた。



私を買ったのは、かの有名なグラン・テゾーロにてVIP扱いを受ける金持ちの男だった。男は私を綺麗にめかしつけては、煌びやかなカジノへ何度も同伴させた。

そこで知り合ったのが、グラン・テゾーロのオーナーである、ギルド・テゾーロさまだ。テゾーロさまは買い主に付き添って佇む私にたびたび目を向け、視線が合うと目を細めて寄ってきて、声をかけてくれるのだ。


「こんばんは、お嬢さん。今宵の星も美しいですね」


わずかに設けられた窓の外の星を見て優しい笑みを浮かべる彼に、私はすっかり絆されてしまっていた。
星を見る彼の顔を眺めるたび、何も望んではいけないと言い聞かされて育った胸のうちで、忘れかけていた望みがとくりと鼓動を鳴らすのが聞こえた。

足を運んだ回数が数え切れないほどになった頃、いつものVIPルームで事件は起きた。勝負事にはわりと強かった買い主が、見事に負け込んでしまったのだ。


「さて、支払いはどうしていただきましょうか?」


真っ青な顔をして座り込む買い主にテゾーロさまはにこりと笑んで問いかける。他人事だと思ってやんやと野次る周りの客たち。次は我が身かも知れないと言うのに、なんて楽観的なのだろうかと呆れた。

ふと、テゾーロさまの目が壁際に控えていた私に向く。浅い紺青の瞳が私を誘っているように見えるのは自意識過剰だとわかっていたが、私はテゾーロさまの前に進み出た。


『私が働き手になってお返しいたします』


野次馬たちのなかの誰かが健気な子猫を飼っておいでだ、と口笛を吹く。私が買い主のために身を売ったと思ったのだろう。だがそれは違う。私は、私のために私を売るのだ。
どうせこの身は私の自由にならないのだから、せめて絆された男のために命を使いたい。だからテゾーロさまに、私を、売る。


「命拾いしましたね、ミスター」


テゾーロさまは満足げに笑って、私の頭にぽん、と手を置いた。そして周りに聞こえないように私の耳元へ顔を寄せ、低い声で言う。


「やっと私のものだ」


ああ、私の選択は間違っていなかったのだ。



身を売ったことを忘れそうなほど、テゾーロさまは優しかった。
元買い主の借金も別に返さなくて構わないと言ってくれたが、それではここにいる意味がなくなってしまうので断った。テゾーロさまは不思議そうな顔をしたが、私が使用人として働くことを許してくれた。


「今夜の星もまた綺麗だな」


使用人としての仕事を終えた私を食事に誘ってくれたテゾーロさまが、おしゃれなレストランの大きな窓の外の星を見つめてそう言う。
星を見つめるときのテゾーロさまの瞳は、初めて会ったときから変わらない。いとおしげで、あたたかで、なのに切なくて、悲しい瞳。


「おまえは何も欲しがらないな」


まだ星を眺めながら、テゾーロさまが唐突に呟いた。


「欲しいものはなんだ? おまえの望むものは?」


あたたかな色を残したまま、彼の瞳が私に向けられる。望むことを許されなかった私が、欲しいもの。望むもの。
黙り込む私から、また視線が星へ向く。

ああ、今、わかった。


『あの星になりたい』


テゾーロさまを初めて見たときも、彼は夜空に瞬く星を見ていた。
心底いとおしそうに、まばゆいように、星を見ていた。あんな瞳で、私も、あなたに。
私の言葉にテゾーロさまは面食らった顔をして、やがて眉を下げて笑った。


「あの星にはならせてやれないな」


ああ、残念。

あの星になりたい
title by 愛執


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