取り立てて美しいと言うわけではなかった。スタイルがいいと言うわけでも、顔が整っているわけでもない。どこにでもいそうな、ありふれた娘だった。
それなのに、なぜか、気になった。
声をかけたいと思った。名前を知りたい。話してみたい。彼女に、近付きたい。

そう思った相手が今日から妹だと紹介されたおれの気持ちがわかるだろうか。



ママが彼女を連れてきたのは突然のことだった。


「マママ、今日からおれの娘になる名前だ。歳はシフォンと同じくらいだったか? おまえら、仲良くしてやんな」


機嫌のよいママの足元で、よろしくお願いします、と頭を下げたその娘は、おれが初めて恋心とも呼べる春めいた淡い感情をいだいた相手で。
目の前が一瞬暗くなるのを感じた。


「ペロス兄、どうした? 顔色が悪いぞ」


隣に立つカタクリが表情こそ変えないが、心配そうに問う。
どうしたもこうしたもあるか、と言い返したいところだったが、事情を知らない弟にそんなことを言ってもただの八つ当たりになるだけだ。
何でもないさ、そう言って笑みを浮かべてやせ我慢をするおれに追い打ちをかけるように、ママが言う。


「名前の世話は、ペロスペロー、おまえが焼いてやりな」

「……あァ、任せてくれ。ペロリン♪」


不安げな様子を見せながら、名前がおれのほうへ近付いてくる。かすかに漂ってくる花の香。ああ、やっと話ができる機会が訪れたと言うのに。


『あの、よろしくお願いします。ペロスペロー兄さま』


兄さま。
多くの弟妹たちが口にする心地のよい呼びかけが、今、なんと恨めしいことか。


「あァ、よろしくな、名前」


おれは彼女にぎこちなくならないよう笑みを返すことしかできなかった。



あれから名前は万国の城の一室に住み、弟妹たちともすっかり打ち解けたようだった。弟妹と言っても、それはおれから見て、と言うことであり、彼女にとってはほとんどが兄姉になるのだが。

朗らかな彼女はどうも構いたくなる気を起させるようで、皆、やれ上等な菓子が手に入った、珍しい宝飾品を手に入れた、と言っては名前のもとに足を運んでいるようだった。対照的に、おれは用件がない限り、“妹の名前”に会うのが躊躇われて距離を置いていた。


「名前、これも食べるといい。口のなかで蕩けるようだぞ」

『まあ、ありがとう、スムージー姉さま』


たまたま彼女の部屋の前を通りかかると聞こえてきた楽しそうな談笑。一昨日はガレットが来ていたが、今日はスムージーだったか。


「ところで、最近例の悩みはどうだ? 変わらずか?」


おれも自室でお茶にしよう、とドアを離れかけたとき、そんなスムージーの言葉が耳に入った。彼女は何か悩みをかかえていたのか。盗み聞きするのは気が引けたが、どうにも気になってしまい、足が動くことをやめてしまった。


『そうね、相変わらず…。やっぱり、私のことが嫌いなのかしら…』

「そんなことはないと思うが…」

『でも、そうでなければ説明がつかないでしょう?』


声色から、名前が眉をひそめて悲しげな顔をしているのがわかる。
可哀想に、一体どこのどいつがこの可愛らしい娘を嫌って悲しませていると言うのだろうか。弟妹たちの誰かならきつくお灸を据えて、家族以外なら飴で固めて拷問したあと、粉々に砕いてやらねばなるまい。
遠巻きに顔を見ることはあれど、ママに紹介されたあの日以来ろくに話もしていないおれにできるのはそれくらいだ。


『私のことが嫌いだから、ペロスペロー兄さまは私を避けているのよ…』


誰も通りかからない廊下で、おれは肩を跳ねさせた。
避けていたことに、彼女は気付いていた。そのことを、彼女は気に病んでいた。
“兄”に避けられる悲しみであると言うことは重々承知だが、それでも、おれに避けられていることを名前が悲しんでいるその事実に胸が躍った。


「ふむ…嫌っているのとは、違う気がするが…。まあ、それはもう、本人に訊くのが一番だろうな。なあ、ペロス兄」

「!」

『?』


ああ、スムージーにはお見通しだったか。
深呼吸をひとつして、おれはドアのノブを回した。


『?! ペロスペロー兄さま?!』

「やあ、名前。久しぶりだな」

「兄さん、だいたいは聞いていただろう。名前と話し合ってやってくれ。悩んでいるんだ」


突然現れたおれに混乱する名前をよそに、スムージーは席を立った。名前の頭を優しく撫でてから、彼女は部屋を出ていく。残されたのは名前とおれと、色とりどりのお菓子たち。


「さて…どうやら年貢の納めどきらしい」

『……』


己に向けての言葉だったが、名前は自分が言われたことと思ったようで、小さな肩を震わせた。そして何度か口を開閉させたあと、ぽつりとこぼすように呟く。


『あの…ペロスペロー兄さまは、私が、お嫌いですか…?』


今にも泣き出してしまいそうな弱々しい声に、押え込んでいた淡い感情が呼び起こされる。ああ、どうしても、この娘がいとしい。


「君を妹だと、思えないんだ」


妹として受け入れてしまえば、それで、そこで、本当に何もかも終わってしまうような気がして。


『や、やっぱり…私はママの本当の娘じゃないし、仕方ないですよね…』

「ああ……あァ? 待て、何だって?」

『? 何がです?』


いや、待ってくれ。今、この子はなんと言った?
ママの本当の娘ではない?


「どう言うことだ? ママの娘じゃない?」

『? はい。ママは私の歌声をいたく気に入って、うちに来いとおっしゃったんです。私は身寄りがなくて家族が欲しかったものですから、家族してくれるならついて行くと言って、そうしてもらったんです』


言っておりませんでしたか、と首を傾げる名前のなんと可愛らしいことか。
それより今は、彼女の言った事実が問題だ。異父兄妹では結婚などどうにも叶わないと絶望していたが、これは希望が見えたのではないか。


「つまり、君は、おれと結婚できるんだな?」

『え?』

「血縁でないなら、そう言うことだろう?」

『そう、ですね…?』


そうとなれば、話は早い。善は急げだ。
おれはきょとんと目を丸くしたままの名前を横抱きにして、ママのもとへ向かった。
道中混乱に混乱を重ねた名前が何度も“兄さま”と恨めしい呼びかけをしていたが、もうこの先そう呼べることはないのだから好きなだけ呼ばせてやろうと思った。

どうかお幸せに
title by 愛執


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