※双子

いつものように休日でも両親は朝早くから仕事に出かけたし、いつもならいる弟は祖父母の家に遊びに行っていないし、俺の部活も第三日曜の今日はオフ。
久々に、家にいながら名前とふたりきり。


『あ、ねえ雅治』


俺の部屋にある俺のベッドのうえにうつ伏してゲーム機を操る名前が俺に呼びかけた。俺は名前の横に座り込み、名前の髪をいじりながら返事をする。


「なんじゃ」

『あのさー、明日から、別々に学校行こうね』

「……は?」


綺麗な髪を俺と同じ銀色に染めてやりたいな、とかぼんやり浮かんでいた思考は停止。
今、こいつ、何て言った?


「なん、で…なんで、急に」

『急って言うか、まあ…友達と行くことになったからさ』

「友達?」


ああ、柳生だなって。直感的にそう思った。
あいつは俺に変装できるだけあって、他の連中よりずっと俺のことに敏い。逆も然りで、俺も柳生のことには敏いけど。
まあそれはそれとして、とにかくあいつは、俺が名前にいだく感情に気が付いていて、やたらと俺から名前を遠ざけようとする。


「名前は俺よりその友達を選ぶんか」

『別に、選ぶってほどじゃ』

「でも、俺とは行かんと言うんじゃろ。友達も一緒でいいかとは聞かんかった。俺とそいつを分けて、そいつのほうと行く気なんじゃろ」


俺の言葉の狂気には気付かず、名前は未だゲームを続ける。
いつかこんなふうに俺に見向きもしないで他のものを構うばかりの日がくるのかと思うだけで狂ってしまいそうだ。


『これがいい機会なんだよ、たぶん』

「いい機会? 何がじゃ。何がいいって言うんじゃ。俺たちが別々になるのがいい機会だって言うんか」

『そう。あのね、この前初めて言われて知ったんだけど、私たち、一緒にいすぎて変に思われてるんだって』


“そう言うの、嫌でしょ。だからもう学校でも、一緒にいないほうがいいと思うの”

ああ、なんてひどい言葉。
俺は変だと思われても気にしないしどうでもいいのに、名前は他人からの視線がそんなに気になるのか。俺よりも周りの意見を気にするのか。そんなこと。


「許さんぜよ」

『わっ、な、なに?』


名前の意識を独占していたゲーム機が大きな音を立てて床にぶつかりガラクタに成り下がる。驚いて目を丸くする名前を組み敷くと、俺と同じ色の瞳が不安そうに揺れた。


『どうしたのよ…?』

「なあ、嫌なんて言うな。ずっと一緒におろう。一緒だから変に思われるのなんて、どうってことないじゃろ。嫌なんて言うな」

『…無理、だよ』

「なんで」

『だって…だって、ずるい。雅治には、部活の友達とかいるけど、私、私には、誰もいないんだよ? ずっと雅治が一緒にいて、ひとりになったことなかったから、気付かなかったの。柳生くんに言われて気付いたよ、私、友達って呼べる友達、いないんだよ! そんなの、嫌! 変に思われるのも、嫌!!』


ついに吐き出された名前の気持ちに、心のなかで、どこか他人事のように相槌を打つ。名前に友達がいないことなんて、本人よりよく知ってる。だって、俺がそうなるようずっと手を回していたんだから。


「俺だけじゃ、ダメなんか。嫌なんか」

『…雅治が、ダメなんじゃない…嫌なんかじゃないよ…だけど、わかるでしょ。私たち、もうふたりだけじゃ生きられないくらい、大きくなったんだよ…』

「……」


俺と同じ色白の肌。俺と同じ明るい色の瞳。俺と同じ細胞を持つ名前が、俺の視線の先で泣きじゃくっている。

母さんの腹のなかでひとつだった俺たちはいつしかふたりの人間になった。腹から出てきて物心が着いたとき、双子と言う存在になれたことを嬉しく思った。俺は俺として生まれてきたおかげで、名前に触れることができたのだから。

そりゃ、何もかもを腹のなかで共有していた頃もきっとたまらなく幸せだったのだろうけれど、やっぱり人肌の温もりを持って名前と触れ合えることは、また別格の幸せと言えた。
だけど、だけど。


「…わかっ、た」

『まさ、はる…』

「ええよ。俺らはもう、大きくなってしもうた」

『ごめんね…わがままでごめんね雅治…』


俺の腕のなかでぼろぼろ涙を流す名前を、愛しい目で見る資格はもうない。


「気にしとらんけえ、もう泣き止みんしゃい、名前」


あーあ、何もかもを共有することがあたりまえに許されたあの胎内に還りたい。

胎内回帰願望


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