Akashic Records | ナノ

I. 朱を纏う者 01(1/2)


 鴎歴842年。水の月。
 オリエンス対戦を経て、オリエンスを代表する四ヶ国――朱雀領ルブルム、ミリテス皇国、コンコルディア王国、ロリカ同盟――の間で、休戦協定が結ばれてから85年。
 領土問題を含めた小競り合いはあるものの、全面戦争に至ることは無かった四ヶ国間の薄氷の均衡は、ペリシティリウム白虎を擁するミリテス皇国が、隣国である朱雀領ルブルムへの電撃侵攻を開始したことによって崩れ去った。

 宣戦布告と同時に皇国軍は国境付近へと集結させていた主力艦隊をルブルム各地へと進め、ペリシティリウム朱雀への奇襲を敢行。魔道アーマーを主戦力とする皇国側に対し、朱雀側は魔法と召喚獣をもってこれに応戦した。
 しかし、戦いの最中、ルシの力を利用して投入されたクリスタルジャマーにより、クリスタルの力を封じられてしまったペリシティリウム朱雀は魔法と召喚獣なくしては対抗する術もなく、一瞬にして戦況は皇国軍へと傾く。
 開戦から数時間。もはや誰の目から見ても、窮地に追いやられたペリシティリウム朱雀の敗北は決定的であるかのように思えたが。

 ――世の中とは得てして小説よりも奇なりと言われてしかるべく、戦いは誰の予想にも反して、土壇場で戦況をひっくり返した朱雀側の勝利によって終結する。
 驚くべきそのどんでん返しの功績に、大きく貢献した者達がいた。
 クリスタルジャマーに屈服することなく、ルシという圧倒的な力を持つ者をも倒した、たった数人のアギト候補生。

 その背に靡かせた彼等のマントは、幻の朱であったという。


+++++


「――リピカ。リピカ」

 まどろみの中、声がする。何やら聞き慣れた、青年の声。
 けれども少女は目覚めたくなかった。懐かしい、とても懐かしい、夢を見ていたから――。

「おい、リピカ!」

 体を揺さぶられながら呼ばれた己の名に、リピカはパチリと目を開けた。
 同時に目を惹くのは、鮮やかな紫。ひらりと視界の端を舞うその色を回らぬ脳みそでボーっと追いながら、朦朧とする意識の中、視界に映る人物の輪郭が少しずつ克明になっていくにつれ、それが見知った者の顔であることを確認すると、自然とその口からは溜め息がもれる。

「……お前か」

 寝起きのためだろうか、声は掠れていた。
 無意識に喉に手を当てて、そっとその指を滑らせる。
 夢と現が入り混じって曖昧な記憶を手繰るよう、徐に周囲を見渡せば、そこは所狭しと、本棚の並ぶ空間だった。視線を落とした先には開かれたままの本があり、その端に染みる涎の跡が、そこで何があったかを雄弁に物語っている。
 慌てて服の袖で口元を拭う。
 ……どうやら読書の最中に、居眠りをしてしまったみたいだ。
 それでもまだまだ寝足りないのか、湧き上がる欠伸を噛み殺していると、

「お前か、とはなんです!」

 一体何が気に障ったのだろう。紫を纏った目の前の青年――クオンは、気分を害した様子でそう喚いた。後頭部で一房に結いあげられた彼の黒い髪は、内心の苛立ちを現すかのように揺れ、リピカを見据えるすっと通った鼻梁に気難しげな印象を湛えた面は、不機嫌そうに歪んでいる。
 パチパチと二回ほど瞼を瞬かせて、リピカはきょとんとその姿を見つめ返した。

「……何をそんなに怒っているんだ、騒がしいな。クリスタリウムでは静かにせよとはお前の言葉ではなかったか? またこの間のように追い出されるぞ」

 うるさい者はたたき出す、そんなルールが厳守される此処クリスタリウムで、つい先日起こった一件――リピカとの魔法論争で周りが見えなくなるほど熱くなってしまったクオンが、図書委員によって問答無用で追い出されてしまったという事件――が脳裏を過り、親切心から忠告してやれば、クオンは食いつくように反論を唱えた。

「あ、あれは、リピカが私の理論を否定ばかりするからではないか!」

 まあ、確かに、クオンを否定して熱くさせてしまったことは本当であるし、騒ぎの一旦はリピカが担っていると言えるのだけれども。

「責任転嫁とは、見苦しいぞ」
「ぐっ……。そ、そんなことよりも君、0組にクラス替えって本当なのですか!?」


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