三人で恋人。

私は、少し変わった生活をしている。

夜9時、ようやく仕事が終わって家に着く。
朝は綺麗にアイロンされていたはずのシャツが今ではもうヨレヨレだ。
「ただいまー。」
靴を脱ぎながら言うと、奥から空腹を掻き立てる匂いが漂ってくる。
「おかえりー。」
窮屈なジャケットを脱ぎながら、明るいリビングへと足を踏み入れた。
「おつかれさまー。今日は早かった方……かな?」
少し小柄な茶髪の男がエプロン姿で出迎えてくれる。
「うん。今日は上司と喧嘩する前に帰ってきた。」
重たい鞄をソファに投げ、自分の体もそこに埋めた。
クスクスと苦笑しながら彼がビールの缶を渡してくれる。
プリタブを上げると、プシュー!という気持ちのいい音が聞こえた。
「ありがと。っぷはー 生き返るー!」
「あはは、お疲れさま。」
「智広こそ。お疲れさま、ごめんね。いつも家事させちゃって。」
彼、智広の持つ缶にコツンと当てて隣に座るスペースを作る。
小柄だけどやっぱり体重はそれなりにあるらしく、ソファが沈んだ。
「気にしないで。俺の方が帰宅時間早いんだし。」
「まあ、そうなんだけど……って、あれ?」
一人、足りない。
「才人は?」
智広の指がすっと、一つの扉を指した。
「まだ仕事?」
「そうみたい。帰ってきても「おかえり。」すら言ってくれなかったし。」
あ、これは拗ねてるな。
智広はホント、こういうところ子どもっぽいというか、分かりやすいというか。
そんなことが安易に分かるほど、声に少し棘があった。
「納期近いとか言ってたしねぇ……。」
残りのビールを一気に飲み干して、ソファから腰を上げる。
しわくちゃのジャケットをハンガーにかけて、台所に向かった。
「お、今日はビーフシチューか! おいしそー!」
鍋の蓋を開けると湯気と共に匂いが上がってきて、思わず唾を飲み込む。
楽しそうにそう言うと、智広もソファから離れてこっちに来た。
「でしょ。今日はちょっと隠し味を入れてみました!」
えっへん、という声が聞こえてきそうな顔で彼が鍋を覗き込む。
こういう智広の子どもっぽい明るさに癒される。
「じゃあ、食べる準備しよっか。」
「うん。」
布巾を洗って机を拭き、食器を並べていく。
全て終えた後、私は全く物音のしない扉を睨みつけた。
「さて、行きますか。」
そう言うと、智広がにやりと笑って腕まくりをする。
「おう!」
二人で顔を見合わせて、にやりと悪そうな顔を見せ合った。
そして、扉に近付き、勢いよく開ける。
「才人ー!!」
「ご飯だよー!!!!」
言いながら薄暗い部屋に突撃するが、目当ての人物は全く反応しない。
この部屋の唯一の光源であるパソコン画面に向かって座り、黙々と手を動かしている彼こそが目当ての人物、才人である。
私が彼の耳を塞ぐヘッドホンをそっと外すと、智広が才人と画面の間に顔を挟んだ。
そして、私は耳元で、智広は目の前で、再び口を大きく開けた。
「才人ー!」
「才人ー!!」
そこまでしてようやく才人の大きな身体がびくっと反応した。
「……なんだよ、二人とも。早く仕事行けよ。」
ボサボサの黒髪を掻きむしりながら、私たちの顔を交互に見る。
「才人、しっかりして! 時計見て、時計!!」
智広がパソコン画面の時間表示部分を指差した。
「……21時……え、21時!?」
才人は眉間に皺を寄せ、瞬きを繰り返し、目を軽くこすり、そして、ようやく現実を知る。
「そう! もー! 集中するのはいいけどしすぎだよ! 休憩もしなきゃダメだよ!」
けっこう強そうな力で智広が才人の肩を叩く。
「あ、硬い! 凝りすぎじゃない?」
「え、そんなに?」
うわぁ、と悲鳴をあげる智広に代わって肩を叩いた。
硬いってもんじゃない。デスクワーク続きの私の肩も凝ってるけど、それの比じゃない。
「才人、ちょっと休もう。ご飯できたよ!」
これは彼をパソコンから引き剥がさなければ!
「あ、作ってくれたの? ありがと。あと少し作業したら行くよ。」
「ダメ、今すぐ!」
「区切りが悪い。」
「僕の作った夕飯が冷めてもいいんだ?」
渋る才人に、智広が抗議の声を上げた。
「大丈夫、できるプログラマーの広瀬才人様なら区切りが悪くても続きできるよ。」
猫背の背中をぽんぽんと叩いて促す。
「そうそう。それにどうせお昼食べてないんでしょ? 食べないと脳が働かないよ?」
私たち二人に交互に言われて、才人はようやく息を吐きながら背もたれに体を預けた。
観念しました、の動きだ。
智広とアイコンタクトで成功を喜ぶ。
「さ、才人。いこいこ。」
「……自分で歩ける。」
コロのついた椅子ごと才人を移動させようとする智広を止めて、才人が立ちあがる。
「ああ、忘れてた。」
ひょろりとした背の高い才人が私と智広を交互に見る。
「おかえり、梨佳子、智広。お疲れさま。」
長い腕の中に二人同時に引き寄せられ、上から優しいキスが唇に降ってきた。
ちゅっ、ちゅっ、と智広と私に才人がおかえりの挨拶をする。
「ただいま、才人。」
「ただいま、才人。才人もお疲れさま。」
そして、腕の中の智広と顔を見合わせてはにかみ、唇を重ねた。
「おかえり、梨佳子。」
「おかえり、智広。」

私たちは、三人で恋人同士。

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