愛を囁く



寒い、寒い寒い。
諏佐はマフラーに顔を埋め、ブレザーのポケットに手を突っ込む。
夏を過ぎてめっきり日が落ちるのは早くなり、部活からの帰り道は真っ暗だ。東の地平線にオリオン座が見える。
諏佐はまだ明かりが点いている部室を見て、白い息を吐く。
今吉なんて待たずに帰りたい。早く帰って夕食が食べたい。とにかく、寒い外で待っていたくない。
それでも大人しく待っていると、数分して部室の戸締まりを終えて今吉はやって来た。
「すまんのぅ。先に帰っててよかったんに」
そう言ってのける今吉に、かちんときた。諏佐は眉をひそめて身を翻す。
帰ろう。そしてこいつと、これから口なんかきくまい。
今吉を置いて、校門を抜ける。他の部活帰りの生徒達を追い抜いた。
確かに待ってくれなんて一言も頼まれていない。
けれども同じ寮生で、一応はお付き合いなんかもしている。今までも自然と2人で帰っていたのだから、あんなことを言わなくてもいいだろうに。
もやもやと今吉に対して様々な不満が浮かぶ。
諏佐は俯きながら、早足で寮へ向かった。
すると、バタバタと足音が聞こえて、マフラーが締まった。ぐっと、力強く引かれ思わず足を止める。
「すまんっ!ほんまに謝るわ!考えなしやった…」
いつになく真剣な顔で、今吉が諏佐を見上げる。全力で走って来たのだろう。眼鏡はずれ、マフラーはだらしなく外れている。
「……」
黙って見つめていると、さらに言葉を続ける。
「待っててくれたん、ありがとうな。真っ先に言わなあかんねんやろうけど、ほんますまん。…もう、二度とあんなん言わへんから」
「……」
「寒かったやろ。はよ帰ろ」
いつもより静かなトーンで今吉は言う。そして腕を引かれた。諏佐はすぐに、それを振り払う。
「一人で帰る」
いじけて、自棄になっているのが自分でもわかる。
追いかけて謝罪を今吉はしてくれたのに、それを素直に受け入れられないことに、諏佐は嫌になった。
背を向けて再び歩き出すと、またもやマフラーを引っ張られた。
「おいっ、首締まっ」
「許してくれんで、ええよ。やけど、一緒に帰って」
そして今度は手を取られる。待っている間に冷たくなった手に、今吉の熱が移る。
「アホやと思うわ。こんな冷たぁなるまで待ってくれてたんに、あほなこと言って。毎日ほんまにありがとう」
今吉は諏佐の目を見て、何度もありがとう、と言う。
「でもな、諏佐のこと大好きやから。愛してんで。やから、お願いやから、別れんといて」
少し悲しい声で、そう言われた。
別に別れるとは諏佐は言っていないのに、飛躍した今吉の言葉に目を見開く。
しっかりと握られた指は諏佐を逃がすつもりはない。
なんとなく今吉を許す気持ちも出てきたが、あっさりと許してしまうのは癪で。
「…肉まんと、唐揚げと、ジュース奢れ」
「そんなんでええん?」
聞き返す今吉に、諏佐は今吉のマフラーを思い切り引き寄せる。
そして、少し屈んで小さく耳元に囁く。
「それと……キス、してくれ」
凍るほど寒いのに、顔が熱くてたまらない。
諏佐はすぐさま突飛ばし、全速力で今吉から逃げた。
今吉にすぐ捕まってしまい、ベッタベッタに甘い言葉を囁かれたけれども。


2012.12.05 僕らの青春様へ
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