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「レイナ、帰らないの?」

ジルは自分の荷物を纏めると、まだデスクに向かっているレイナに声を掛けた。

「あー……この書類仕上げてからかな」
「また遅くなるようだったら、今日はクリスに送ってもらえば?彼、喜んで送ってくれるわ」
「そんな、迷惑よ」
「でも……ほら」

あのこともあるし、と心配そうな表情になったジルが小声で続けた。

「ええ、考えとく」

笑顔で答える彼女に肩をすくめるとジルはS.T.A.R.Sの本部をあとにした。



しばらくして書類も出来上がり、そろそろ帰ろうかとレイナが時計に目をやったときにはもう深夜だった。

昨日もこんな時間だった。
レイナの家の付近で変質者が出た。
追い抜き様にお尻をがっしりと揉むように掴んでくる痴漢で、被害者は他ならぬレイナだが、S.T.A.R.Sの一員である彼女は怯むわけもなく、捕まえるべく追いかけた。
だが、犯人は振り向くとコートの前をバッと開いて、露出した下半身を見せてきた。
ただの痴漢ならまだしも、露出狂というオプションにレイナは驚いて犯人を逃がしてしまった。

今日もいたらどうしよう…怖いな……
帰り道を考えると不安が襲ってくる。それを消すかの様にレイナはブンブンと頭を振り、机の上を片付けた。

"クリスに送ってもらったら?"

ふとジルの言葉を思い出し、同じようにデスクで居残りをしているクリスに目をやる。
しかし、やっぱり先輩に迷惑かけれない、と思いとどまると、まだいるメンバーに挨拶をしてロッカーへ向かった。


ロッカーで帰り支度をしていると、誰かが来た気配がして、ビクリと入り口の方を見る。

「ああ、驚かせて悪かった」
「クリス…」

急いで来たように見える彼はすまなそうに片手をあげた。
レイナが何か用かとでと聞きたそうにクリスを見るので、慌てて口を開いた。

「俺も今終わったんだ。レイナ、一緒に帰ろう」

クリスの言葉に断る理由はない。
レイナは安心感から笑顔になると、頷いた。



クリスの車の中は煙草の匂いがした。
以前、任務で足に軽い怪我をしたときに送ってもらった事を思い出し、懐かしく感じる。

「昨日は大変だったみたいだな」

運転をしながら、クリスが話を切り出した。

「知ってたの!?」
「ジルが教えてくれたんだ」

ジルは彼女が遠慮して言わないのを見越していた。レイナは恥ずかしくも、ジルに感謝し明日お昼奢らなきゃと思った。そして、心配して声をかけてくれたクリスにも心から感謝した。

「怪我はなかったか?」
「ありがとう、大丈夫。ただ、その……」

言葉を濁すレイナにクリスは様子を伺うように横目で視線を送った。
クリスの視線に少し恥ずかしそうに下を向くと口を開く。

「男の人の……その…、そんなに見たことないし…、びっくりして」

最後の方が小さくなっていく。
年下の女の子の初な反応に、不謹慎ながら可愛いと思ってしまう。

「でも、本当は怖かったの……今日はありがとう」

本部から近いところに住んでいるレイナの家にあっという間に着いた。
彼女はクリスにお礼を言いながら笑顔を向けるとシートベルトを外そうとかけた手に、クリスの大きな手が重なった。

「明日の朝迎えに来る」
「そんな!悪いし…」

重ねられた手にドキドキする。クリスの目はまっすぐこちらを見ていた。
手が少し強く握られた。

「俺も怖いか?」
「ううん!クリスは大丈夫よ」

当たり前じゃない、と付け加えながら微笑むが、クリスの真剣な表情に少し戸惑う。

「こういう時は俺に頼れと言っただろ?」
「クリス……」

優しさに嬉しくて涙が込み上げそうになる。

「好きな女に頼られて嬉しくない男なんかいないからな」
「……えっ、…それって…」
「今度からなるべく時間を合わせて俺が送るようにする」

目を丸くしているレイナから、少し顔を赤くしたクリスは慌てて手を離し、話を続けた。

「俺がどうしても無理なときはジルに頼んでおくから…犯人が捕まるまでは特に…」
「ありがとう、クリス…………好きな人に大事に思われて嬉しくない女なんていないわ」
「レイナ…」

今度はクリスが目を丸くしてレイナの方を見た。
レイナは照れながら微笑むとシートベルトを外した。

「レイナ、ジルにはこの話秘密に…」
「それは、からかわれるから?」

クスクスと笑いながら尋ねる彼女にクリスは優しくキスをした。



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バイオの小説を読むと若いクリスとジルが書きたくなる。
変質者にはご注意を。
130606

こういう時は俺に頼れと言っただろう!
title by 確かに恋だった


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