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「ふぁあー…」

大きな欠伸をしたレイナは少し寝不足だった。化粧の乗りも良くなかった。
こんな日に限ってついてないな…。
理由は自分でもわかっていた。慣れないチョコ作り、そしてラッピングも可愛らしくかなり力を入れた。気付けばいい時間になっていて、早く寝ないといけない、そう思えば思う程中々寝けつけなかったのだ。
そろそろかな、と家の外で待つ為にバッグを持ってドアを開けた。

「わぁッ!!!?」
「お、丁度だったな」

ドアのすぐ向こうにクリスが立っていて驚いて変な声が出てしまった。彼は驚かせた事に、すまない、と苦笑した。

「寝てたら起こしてやろうかと思って」
「大丈夫よ、何時だと思ってるの?クリスじゃあるまいし」

レイナはフン、と一度拗ねた様に言ったが、可笑しくて思わず吹き出してしまった。クリスも笑っている。

「映画に連れてってほしいんだったか?」
「うん」

クリスの予定が空いていて本当に良かった。
レイナは電話したあの日、彼を改まってデートに誘うのも変な気がして、映画に行きたいという口実で約束をした。

「本当に珍しいな、レイナが映画なんて。どうしてクレアと行かないんだ?」
「え?…えっと……クレアはもう見ちゃったらしくて」
「今日から公開なのに?」
「も、もう先約があるってことよ!」

レイナは誤魔化しながら、クリスの車の助手席にさっさと乗り込んだ。
クリスったら、何だか鋭い……私がこんなデートに誘うのを怪しんないかしら?
運転席につくクリスをチラリと様子を伺うと、クレアは誰と行くんだろうか、と呟いていて、それを聞いたレイナはホッと胸を撫で下ろした。


* * *


「ゔ……、く……」

ずずっと鼻を啜るレイナにクリスは笑ってあやす様に頭を撫でた。

「そろそろ泣き止もうな?」
「うん……」

切ないラブストーリーの映画は、レイナの涙腺を見事に破壊した。映画が終わり照明が明るくなると、クリスの隣では号泣するレイナがいて、彼はギョッとして彼女を連れて車に戻ったのだった。

「相変わらず泣き虫だな」
「うるさい…」
「よしよし」

ずっと優しく頭を撫でてくる大きな手。幼い頃からの懐かしい感覚に心地良いのは確かだが、少し淋しくなる。
やっぱり、妹扱い…だよね。

「もう泣き止んだから、大丈夫」

そう言って、彼の手を退けた。折角のメイクも台無しだ。見るならムードを作れるように恋愛映画にしようと考えたのだが、失敗だった。レイナがため息をつくと、同じ様にクリスもため息をついた。

「クレアは…やっぱり男とこの映画を見に行くんだろうか」

カップルばっかりだったじゃないか、と肩を落とすクリスにレイナはムードも何もない現実を突き付けられたようだった。ちょっと頑張った所で、クリスとの兄妹のような関係が男女のものになったりしないんだろうと、実感せざるを得ない。

「どうだろうね」
「何か聞いてないのか?今年はチョコもくれないらしいし…」
「さあねー」

台無しになって意地悪してやりたくなってそう答えたが、思いの外彼がクレアの事で焦っていて本当に虚しくなってきた。
ダメだ。顔もボロボロ、カッコ悪いこんな状態で気持ちを伝えるなんて無理よ…。今日は辞めておこう。
レイナはサイドミラーで自分の顔を確認して、涙の跡を拭い、少しはマシになるように、と頬を押さえて深く深呼吸した。

「ねえ、クリス」

まだブツブツ言っていた彼を呼べば不安そうな表情がこちらを向いた。レイナはバッグの中からチョコの入った箱を取り出し、何でもない様に突き出した。

「あげる」
「まさか…!?」
「クレアのじゃないけど。私ので我慢して」

クリスは赤のリボンで包まれたいかにも女の子らしい箱を手の中に収めマジマジと見つめた。

「レイナ…俺にチョコを?」
「そうよ、……いらないなら返して」

その箱がやたらと可愛らしさを強調しているように感じ恥ずかしくなってきて取り返そうと手を伸ばした。しかし、クリスはヒラリとかわしてしまった。

「返さない。…本当に俺に?」
「な、何か変?」
「………」

黙ってしまったクリスの様子を見守りながらレイナは会話の変な間を紛らわす様にきちんと座り直した。
やっぱり、クレアのチョコの方が嬉しいのかな…
レイナは、もう帰ろう、と彼に提案するため口を開いたが、クリスの声のほうが一足早かった。

「レイナ…、気づいてたんだな」

ポツリと言ったクリスの言葉の意味が分からなくて、レイナの開いたままの口からは何も台詞が出ない。

「ありがとう……。答えてくれる時が来るとは思ってなかった」
「えっ………?」
「え?」

互いに疑問符を浮かべ合う。
どういう…事なの?答える?気づく??
混乱しているレイナにクリスは慌てて続けた。

「レイナ、本命にしかチョコはあげないってずっと…ずっとそう言って俺にはくれなかったじゃないか!」
「そうだったっけ…」

記憶を辿る。そういえば過去に言った気もするが、それはお菓子作りが上手な彼女のチョコと比べられたくなくて、渡さないですむ為の言い訳だろう。

「俺の気も知らないで…。勝手に毎年フラれていたのに、今年はくれたのは…俺がレイナを好きだって事にやっと気づいてくれたからじゃなかったのか!?」
「そ………!!!」

やっとクリスが言った言葉の意味を理解したとたん、レイナは耳まで紅くなったのが自分でもわかった。クリスは興奮が冷めないようだ。

「どんなに特別扱いしても怒るし、拗ねる…。俺は兄貴ぐらいにし「気づかないよ!バカ!ちゃんと言ってよ!」

レイナが遮った事により、言葉を止めたクリスは息を飲んだ。幼い頃からレイナに我儘を言われては、可愛さのあまり聞いてしまう、そんなやり取りを思い出し笑みが零れた。

「レイナが好きだった、ずっと」
「…本当?」
「ああ」

そうクリスが言うのを聞いて、レイナは勢い良く抱き付いた。しっかり抱きとめられ、こうしたのはもう随分昔で、その頃よりも大人になってガッチリとしたクリスにすっぽり収まった。顔を埋めたまま深呼吸すると煙草と彼の匂いがした。

「…妹だと思ってない?」
「妹はクレアだけで十分だ」
「私は特別なの?」
「ああ。……こっちを向いてくれないのか?」
「やだ。恥ずかしい」

クリスは笑ってレイナの髪を梳く様に撫でた。
レイナにとって心地良いこの行動も、彼の言う特別扱いなのだろうか。レイナはそう気づけた事に、また顔が熱くなった。

「私も、クリスが好き」

小さくくぐもった声をクリスが聞き取れたかはわからないが、抱き締める彼の腕が少し強くなった。



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この後、きっとクレアにどう報告するかの会議が始まるんでしょう。
シスコン過ぎてゴメンナサイ
150214


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