「ウェスカー…」
彼女は静かに視線を向けてきた。
ウェスカーが部屋に入ると、扉の施錠された音だけが無音の部屋に響く。
「……気分はどうだ?」
「良い訳ないでしょ」
ベッドに腰掛けるレイナの首でセンサー付きの首輪が一定のリズムを保って緑のランプを点滅させている。
ウェスカーはサングラスを取ると目を細めレイナへ近づき、彼女の髪をゆっくりと撫でた。いつもの合図だ。
「……」
レイナは何も言わず、自らシャツのボタンを外し始めた。
彼女は囚われてから、ウェスカーの都合の良い時に抱かれるだけの人形にされている。
いっその事、ウイルス実験の被験体になってしまった方がが楽かもしれない。レイナは何度もそう考えたが、人でなくなり化け物となった自分が他人を傷つけるのは嫌だった。だからと言って、部屋の角で睨む監視カメラは自ら命を絶つ事も許さない。
「今日がいつだかわかるか?」
情事が始まればいつも無駄な会話はしない彼の発言にレイナは驚いて手を止めた。
いつもはサングラスによって隠されているその強い瞳はレイナを見抜こうとしているかのようだが、こんな生活でも凛とした彼女の心の内は固く閉ざされた様に彼にも見えてはない。それと同じようにレイナがどれだけ見つめても彼の表情など読めないでいた。
「……貴方の手が冷たいから…きっと冬ね」
レイナは自分が拐われたのも冬だったと、ふと思い出し、小さなため息を漏らした。
この男は快楽を与えてはくれるが後は何もない。苦痛も……愛も。もちろん、生きていける最低限は確保されているが、こんな窓も無い部屋に閉じ込められての生活は決して人間的ではない。この極限の状態で、レイナにとって接触のある彼だけが全てになりつつあり、それは一種の洗脳だと彼女はわかっていた。
私はとっくに狂っているんだ…。
自覚があるだけまだ正常だと言えるのかもしれないが、またその自覚が彼女を苦しめていた。
「そうだな、間違ってはいない」
「何か特別な日なの?」
ウェスカーに髪をもう一度撫でられ、促されたようにレイナは手を再び動かし始めた。
「ああ、クリスマスだ」
再度向けられた彼女の驚きの表情にはウェスカー自体同感だった。こんな行事などどうでも良い。
「だから…?」
ウェスカーは冷やかに笑った彼女を押し倒した。
自分らしくない。だが、そんな事は今に始まった事ではない。
…レイナを拐った時からではないのか…?
生かすも殺すも自由なはずの彼女の瞳はどこか"奴"に似てて、それが気に入らず、壊してやりたいと考えていた……。
「欲しい物はなんだ?」
「ないわ、……殺して」
ウェスカーは嘲笑うかのように喉の奥で笑う。
「…クリスはいらないのか?」
「まさか!?」
「残念ながら、ただの質問だ」
クリスを殺して死体でも持ってきたのかとレイナは恐れたようだった。
「奴のところへ帰りたくはないのか?」
クリスの恋人だったレイナを拐った理由は奴を苦しめたいと思ったから。奴の弱みになると考えたから。それは間違いない。だが最初のきっかけに過ぎなかった。
「もう帰れない。……貴方にどんなに抱かれたかわからないのに」
「そうか…」
レイナの首輪に手を掛け、ウェスカーはコードを打ち込み外した。カラン、と冷たい音が響く。首には微かに痕がついており、ずっとあった物が急になくなった事で彼女は逆に違和感を覚えたように顔をしかめて首元に手をやった。
「自由なんていらないの」
そう言うレイナは悲しそうな表情を浮かべて真っ直ぐウェスカーを見ている。
その目を辞めろ……
快楽に喘いでも、彼女の心は苦しむ事しかしないのか…。どんなに抱こうがクリスに助けを求めるような発言もしない。まるで彼の弱みになりたくない、と言わんばかりに。それ程までにクリスを想い、未だ尚クリスが恋しいのだろう。
ウェスカーは自らの苦い感情が憎くて仕方なかった。彼女を繋ぎ止める理由は……過去の男ばかり気にして苦しみ、一向にこちらを向かないその瞳を本当に自分のモノにしたいからではないのか?
「帰らなくとも、どこへでも行けるだろう」
「もう貴方からは離れられない……自分でもわかってるの。でもこれはクリスに対する裏切り…。貴方が私を人形の様にしか思っていなくても…私は…」
"貴方を愛してしまっている"
彼女の苦しみの理由はウェスカーが想像したものとはかけ離れていた。むしろ彼が望んだ方の答えだ。
しかし、襲ってきた感情は達成感でも優越感でもなかった。
俺も彼女を……?
湧く思いはこの女は憎いクリスの女だということ。彼を苦しめる為の存在で、嫌がり泣き叫ぶレイナを犯し壊してこその意味だと思っていた。心奪われる事などあってはならない…。
「辛いか…?」
「………」
レイナはゆっくりと頷く。すると突然ピリっとした痛みが彼女の腕に走った。見ると注射器の様な物をウェスカーが刺している。何かの薬品が体内へ入ってゆくのを見て、ウイルスかと恐ろしさに背筋が氷り、震える唇で何をしたの?と辛うじて聞き取れるぐらいのか細い声を発した。
「ウイルスではない…。…望み通りにしてやる」
「本当?……私死ねるの?」
「クリスマス・プレゼントだ」
液体が全て彼女の中へ注入される。
抜いた注射器を床へ落としたウェスカーは脱力したように彼女の上から退くとベッドに腰掛けた。薬を投与された彼女はもう少しすると深く眠ってしまうだろう。
「ありがとう……」
「ああ」
レイナは微笑むと涙を流していた。捕らえてから、こんな風に笑うことも、涙を流すこともなかった彼女が。
「生まれ変わったら…」
「……?」
ウェスカーが目尻を拭ってやると、涙は暖かく、彼女の心を写しているようだった。
どこまでも綺麗な女だ。彼はそう思った。
「今度は……貴方と、普通に出会いたい」
レイナの言葉はウェスカーの胸を刺し、運命を呪うしかなかった。
クリスの女でさえなければ……。
だが、彼女に罪はなく、全ての発端は自分であることに怨めしく思った。
「ああ。今度出会った時は…妻にしてやろう」
* * * *
「……っ!」
静かに目を開けると、眩しくてまた閉じてしまう。
「気分はどうだ?早く起きないとクリスマスが終わってしまうぞ」
声がして勇気を振り絞って目を開け、そちらを見た。
知らない顔、知らない場所……。私は一体…誰、なの?
「……?」
金髪の男は髪を撫でてきた。こんな何もかもがわからないも状況なのに気持ちよくてまたまどろみそうになる。この感覚だけは、知っていた。
「レイナ…よく眠れたか?」
低いトーンの声が落ち着く。
「…誰…なの?」
「私はアルバート・ウェスカー。君の、……夫だ」
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ウェスカー夢は書いてる自分でも考え込んでしまう。
いろいろ詰め込みたくなって、感情もぐちゃぐちゃになる…。
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