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カランと店内に明るく音が響き、客の来店を知らせる。
客が帰った後片付けをしながら私は顔だけ向けて姿を確認した。

「いらっしゃいませ!」

いつもは作り笑顔だけど、今は心から。
だってこの人は私の大好きな常連さん。
安い喫茶店も近くに沢山あるし、この店に来てくれる人はほとんど常連客ばかりだ。

「ブレンドコーヒーですね?」
「ああ」
「かしこまりました。少々お待ちください」

席に案内して、相手が注文を言うより先にこちらから確認をする。慣れたいつもと同じやりとり。
でも、来る日はいつも忙しい時間帯なのに、今日は大分遅い時間。もうすぐお昼だ。
今日はお仕事休みなのかな?

気になって聞こうかと思ったけど、余計なことだったらいけないと心にとどめる。他のおじさんの常連さんなんかだと、むしろ向こうから話し掛けてくるぐらいだし、何も気にせず聞けるのに、彼の場合は緊張してしまう。

マスターにオーダーを通して、コーヒーが準備できるまで私はやりかけの仕事に戻った。
それでも集中なんて出来なくて、チラチラと彼の方を見てしまう。

カッコいい…

金髪の横顔を盗み見ると、胸がキューっと締め付けられる。もう重症だなって自分で思う。
でも彼はカッコいいだけじゃない。

「お待たせしました」
「……ありがとう」

テーブルにコーヒーを静かに置くと、目が合っていつも少し微笑んで礼を言ってくれる。ぶっきらぼうな人も多い中、彼は店員にまでこうやって優しいのだ。
ああ、見とれてしまう…。

「あっ」

そんな上の空だから、手が滑って伝票を落としてしまった。
何してるの私ったら…

慌てて拾おうとすると、彼も拾おうとしてくれたみたいで…。でも、手と手が触れて、ああ運命!なんて展開にはならなかった。

「あっ」
「…っ!」

彼の手は虚しくも淹れたてのコーヒーのカップに当たり、零れて私の腕にかかってしまった。

「すまない!」
「だっ、大丈夫です、気にしないでください!あの、…新しくご用意しますね」

正直熱くてびっくりしてるけど、服は制服だし……何より見とれて伝票を落とした私が原因だから、恥ずかしくて仕方なかった。

申し訳なさそうな彼から逃げるように、さげたカップを洗い場に持っていき、後輩の子にテーブルと床を拭いてもらうように頼んだ。


* * *


「お先に失礼します」

それから30分ぐらいして私は勤務時間を終え、マスターに挨拶して、着替えを済ませて店を出た。

あの後、恥ずかしさからなるべくホールには出ないで他の仕事ばかりしていた。
後輩からは"ごめんな、って伝えてくれって"と彼から伝言を貰ったりで一人でドキドキして、早くあがりの時間にならないかと思ったくらいだ。

足早に店から少し離れると自然と小さな溜め息が出る。

「レイナっ」

突然呼ばれた事より、後ろから腕を掴まれた事に驚いて振り返った。

「火傷はしなかったか?」

彼だった。掴まれた腕が逆に火傷しそうなほど熱が集まるようだ。
慌てて来た様子の彼に私は目を丸くして頷くしかなかった。

「君が出ていくのを見て…」
「あ……の、どうして名前…」
「さっき店員の子に謝っておいてくれって頼んだときに聞いたんだ」

爽やかに言われて、あの子にまたお礼言わないと、などと思ってしまった。

「……もう、気にしないでくださいね?」
「そういう訳にはいかない。お詫びさせてくれ」
「お詫びだなんて…」
「このあと、予定は?」
「……家に帰るだけ…です」

掴まれたままの腕が気になってしかたがない。さっきから心臓が煩くて、それが彼に聞こえてしまわないか心配になった。

「なら、何かご馳走させてくれ」
「そんな!」
「嫌か?」

憧れてる彼と食事なんて、嫌なわけない!
でも奢らせるなんて申し訳無さすぎて…。

「嫌じゃないけど…」
「けど?」
「ぼーっとしてた私が悪かったんです」
「君はいつもテキパキ仕事してるじゃないか、何も悪くない」

誉められて嬉しい反面、見られてたんだと気付くと恥ずかしくて顔が赤くなるのが自分でもわかった。なんとか誤魔化したくて、言葉を探す。

「違うの、あの時は見とれてて…」
「……俺に?」

自分で余計なことを口走ったと思ったけど、彼の言葉の方がもっと衝撃的だった。
バレてたなんて!もしかして、今まで……ずっと?

「食事の誘いぐらい、素直に受けてほしいんだが」

苦笑して言う彼に、観念して私はもう真っ赤な顔も隠せずに頷いた。

「…今日はチャンスだと思って追い掛けて正解だったよ」
「え……っ」

頭の中は疑問符でいっぱいだった。そんな私を見て、彼は悪戯に笑った。

「盗み見るのは俺の方が上手いらしいな」
「それって……」

私は自惚れて良いんだろうか。彼も私を…?

「さあ、何のことかな?」

とぼける彼に腕が解放されたと思ったら今度はしっかり手を握られて、リードされるように引かれて隣へと導かれる。

「レイナは何が食べたい?」
「……貴方に合わせます」
「"レオン"だ」
「レ、オン…?」

それが彼の名前だって気付いて嬉しくて口元が緩んでしまうと、彼も目を細めて微笑んだ。
レオン。この名を私がこれから何度も呼ぶことになるなんて、過去の私には絶対想像つかなかっただろう。



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レオンは自意識過剰な発言も、ストーカー紛いなことも許されます(笑)
140625

名も無き花に思いをかけた
title by libido


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