「私がウクライナに旅行に行った時の話です…」

「…旅行になんか行っていたか?」

「黙って聞く!」

「…あぁ」


ダークライに向かい合って真剣に話し出した私に、ダークライは怪訝そうな顔をしながらも黙って頷いた。あまりに理不尽な会話に、他のポケモンたちはとても微妙な顔をして私たちから距離を取り始める。ダークライには可哀そうにやら、またかだのといった視線が送られていた。
ダークライ自身も慣れたもので、特に何とも思ってはいないのか私の前にきちんと座りなおすと、で?と話の続きを促した。どうやらとっとと聞いて私を満足させ、早く話を終わらせようとしているらしかった。


「突然、部屋の電気が消えたのです。そう、停電でした!」

「そうか。それは大変だったな」

「……そうね、ありがとう。」


大げさに身振りまでつけて言ったにも関わらずダークライに普通に返され、今から私が言うべきはずもことが非常に馬鹿らしく思えてくる。しかし私はこの使命を果たすまでは諦めることは許されないのだ!うんうんと自分の考えに浸っていると、ダークライからそれで、と話の続きを促させられた。


「あーうんそれでね、そこで私は言いました。「う、くらいな〜」と…」


もはや投げやりになって言った言葉に、ダークライは少しの間目をしばたかせていた。どうやら脳内で反復し、言葉の意味を理解しようとしているようだった。そしてしばらくして、ダークライは一言だけで反応を返した。


「そうか」

「…うん、ソウデスネ」 


私とダークライの間に何とも言えない空気が漂い始めた中に、ぶっ、と誰かが吹き出した。ばっと後ろを振り返れば、リザードンが我慢の限界に達したのかくつくつと手で自分の口を押さえて笑っていた。しかし私にとっては嬉しくもなんともない。笑いの沸点が低いリザードンがいくら笑おうとも私にとっては見慣れた光景。そんなことよりも、と私は目の前にいるダークライに向き直った。


「なんで笑わないのダーク!!!!」

「い、今のは笑うところだったのか…?」

「リザードンを見るがいい。超爆笑してんじゃん。息めっちゃしずらそうじゃん!」


笑い続けているリザの尻尾の炎が青白く変化してきた。青系の炎はたしか高温で、酸素が少なくなった…と、き…


「リザ、あんたほんと大丈夫!?」


あわてて駆けよれば、また何かに連鎖的にツボったらしく、リザードンはぷふっと噴出した。それをダークライが不可思議なものを見たような目で見つめている。両者の間には絶対的な温度の差があった。リザードンはリザードンで何故ダークライが笑わないのか信じられないといった目で彼を見つめていたし、他のポケモンたちに至ってはブリザードが吹き荒れていた。そうかそんなに今のは寒かったですか。ちょっぴり傷ついたのでダークライの頭の白いふわふわを引っ張ってやった。


「…何がしたいんだ」

「ダークが笑っているところが見たいんです」

「…そんなに見たいのか?」


ダークライが不思議そうに首をかしげた。ダークライは他のポケモンたちに比べて感情表現が乏しい気がするのだ。もちろん他のポケモンたちもリザードンほど爆笑したりはしないが、ある程度喜怒哀楽は表に出す。リオルとリザードンは表に出しすぎな気もするが、この二匹は問題外だ。


「ダークが爆笑しているとこ見たことないし」

「あの話で爆笑できるのはリザードンくだいだと思うんだが…」

「あーはいはい聞こえなーい。」


大体他の奴らも爆笑したとこらなんてめったに見ないぞと呆れた様に言うダークライの言葉も無視して私はダークライに掴みかかった。


「こうなれば最終手段…!て、こら!ラグ!」


がしりと羽交い絞めにされて何事かと振り向けば、ラグラージがため息をついてダークライから私をべりりと引き離した。


「…くっ…今回は引き分けってことか…!」

「どの辺がだ?」


ダークライの言葉にうんうんと頷く他のポケモンたち。レントラーにいたってはどうでもよくなり始めたのかこっくりこっくりと船をこぎはじめた。


「あ、ちょ、ラグ!どこ連れてく気…!」


はいはいとでも言いたげにラグラージが私の体をふわりと抱き上げると、隣の寝室に連行した。暴れても無駄だと判断した私はおとなしくラグラージの腕の中に収まった。





部屋に入るとラグラージは私の体を静かにベッドの上におろすと、ドアを閉めた。あーあ、と呟いてベッドの上でを抱えると、何か言いたげなラグラージの視線に気づく。


「…分かっちゃいるんだけどねぇ」


ダークライの感情表現くらい、私にはわかる。ただ彼は少しそれを表に出すのが苦手なだけで、ちゃんと笑ってもいるし、怒りもする。つまりはこれは私のただの自己満足に過ぎないのかもしれない。理不尽なことこの上ないが、この世界に来てしまった原因は私にあるのだ。その罪悪感と不安に付き合わせてしまった。


「ちゃんと分かってるよ。ダークが笑ったり悲しんだり怒ったりしてる顔も表情も全部知ってる」


それでも望んでしまったのだ。いつでも幸せでいてほしい、私の命と同じくらい大切な仲間だからか。しくったしくった、と微笑みながら呟けばラグラージが少しだけ笑った。





連行されていった自分の主の姿に、ラグラージの過保護っぷりを目の当たりにした。彼はあの大きな図体の割に誰よりも優しいから、きっと主の感情の真意を見抜き、きりの良いところでいち早く行動を起こしたのだ。
確かに自分は感情表現が乏しいし、あまり表にも出さないことが多い。それでも自分の主がそれを理解してくれていたから、少し気をぬきすぎていたのかもしれなかった。
彼女がこの世界に着てしまったこと、そして自分たちを巻き込んでしまったことを申し訳なく思っていることは皆知っていた。彼女は強い。しかしこちらに来てから少し不安定になっているとも感じていた。その感情を自分にぶつけてきたのだろうと思うと、愛しくて愛しくてたまらなくなる。そのくらいの事、いくらでも付き合ってやるのに。この学校の他の人間には自分にしたことよりもよっぽど理不尽で唯我独尊な事をしているはずなのに、先ほどの他愛のない事をきっと今頃反省しているであろう主にふと笑いが漏れた。


「くっ…」


笑い声が少しだったが喉を震わした。その様子を見たたの仲間達が何とも言えないような表情をする。おそらくそれを彼女の前でやってやれよと言いたいのだろうが、あいにく自分はそこまで器用ではなかった。

隣の寝室での会話が少しだけ聞こえてくる。ほらやっぱり。彼女はちゃんと分かってる。
今度からは少しだけ、彼女の前で微笑んでいる努力をしようと思った。




非日常の中の日常


(誰も怒ってなどいないさ、私の愛しい主)




***
そしてにこにこしてたら逆にキモがられちゃう理不尽さ笑
葱子さんへ!10000ヒット企画参加ありがとうございました!!!ほんと遅くなってしまってすみませんでした…!リクエストされていた「ダークライと主人公との頭脳戦」…あれ?どのへんが頭脳戦…??(爆
なんかめっちゃ頭悪そうなことしてたぞあの二人…orz葱子さん褒めていただいたクールな思考の主人公と落ち着いたダークライは一体どこにいるんだろう笑

ウクライナネタはサークルの先輩が言ってたのをちょいとお借りしました。
葱子さまのみお持ち帰り可です!ありがとうございました!^^


2010.6.28


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