今回の遠征にはガープが直々に預けに来た若者二人が同行していた。サカズキ大将ではなく俺のところにわざわざ連れてきたということは面倒を見ろということだと思うので、まるっと部下に丸投げした。俺の隊は上司に似て訓練が他よりも厳しい。あとガープに可愛がられている二人に嫉妬しているのか部下の皆さんも超やる気だった。なんだ俺が上司じゃ不満かそりゃそうか。

「大将!おれたちがやりますから!」
「いや俺中将な」

イジメ駄目ゼッタイ。でも俺が見るよりきっと強くなれるさ。合掌。







ガープの命令により大将赤犬の遠征についていくことになったコビーとヘルメッポがまず最初に目にしたのは、サカズキの横で彼とは対照的に微笑む名前中将の姿だった。彼らの不仲は海軍周知ではあるが、それでも名前はサカズキの右腕といっても過言ではなかった。
指示は的確、サカズキの言葉のフォローも忘れない。海軍きってのドS中将と言われる割に穏やかに見えるその姿に、あの噂ははたして本当なのだろうかとコビーが首を傾げた時だった。海賊だ!と叫んだ見張りに、船上は緊迫した空気に包まれた。
とたん、彼のまとう空気が変わった。しかし名前は己の剣を抜き、靭やかに一振りしただけだった。彼の横を部下たちが勇んで駆け抜けてゆく。大将赤犬はすでに一隻海賊船を堕とし、それでもまだ忌々しいとはかりに己の体をマグマに変えた。
名前はそれを後方から見ているだけだ。それだけで前線で戦う部下たちは歓喜する。近づいた海賊を鮮やかに切り捨て、全ては手のひらの上だと言うべきかのように的確で短い指示をだす。

近くの船が炎に沈んだ。

海へと飛び込む海賊達を逃す気は無いとばかりに追って攻撃が繰り出される。戦う意思があろうがなかろうが、サカズキにとっては皆等しく死の対象であった。行き過ぎた正義を前に、しかし海兵達はひるむ様子もない。名前も、ただ何も言わずそれを眺めているだけだった。

「やりすぎです…!」

それがこの場での正常な姿だ。しかしそれは外から見れば十分な異常であった。思わず叫んだコビーに、かの中将は何を今更とばかりに、わざとらしく首を傾げて見せた。

「そうでもないだろう。あれが大将赤犬の掲げる正義なんだ、他人が口出ししていいものではない」
「だからって!」
「大将赤犬にも何かしらああなった訳があるんだろ」

そう言って此方をみる彼の目は恐ろしい程に冷め切っていた。暗にこの場には自分は相応しくないと言われたようで、反論もできず、コビーは唇を噛んだ。







眺める先には今日も絶好調の大将の姿。それを眺めながら俺にはただ祈ることしかできない。無力かみしめるとかそんなシリアスには悲しいかな実力の差がありすぎてどうやってもならないが、頼むからあのマグマがこちらに来ないことを願うばかりである。まじで船沈む。俺は最悪泳げるが、 あの人は悪魔の実を食べたのだからもう少し自重して欲しいものである。部下の気苦労も分かって欲しい。
俺がドキドキハラハラしてる横でコビーが文句を言っているのが耳に入ったが、あの人が自分の正義を曲げるなんてどう考えてもなさそうなので早いとこ諦めたほうがいい。そうやってみんな諦めと妥協を知って大人になってゆくのだ。それにたぶん。

「大将赤犬にも何かしらああなった訳があるんだろ」

確かクザンもなんか過去があったはずだ。うっすらすぎる漫画の記憶を引っ張り出していれば、コビーが真剣な顔をして眉根を寄せているのが目に入る。

「どうした」
「"も"、と仰いましたか。大将もと!じゃあ貴方はどうなんですか!?」

叫ぶコビーの言葉に、ものすごく痛いとこ突かれてる気がした。ちなみに俺の正義なんてあってないようなものだ。作戦名はいのちだいじに。確かに過去なんて言えたもんじゃないが(頭おかしいと思われても仕方がないし、未来のことなんて言った日にはどうなるかわかったもんじゃない)、自分ではそこまでたいそうなものじゃないと思っている。こちらで生きると決めるまではぐだぐだと悩みもしたが、開き直ってしまえばそこはそれ、これはこれ。たまにくるホームシックはともかく、今ここで話せる事でもない。

「…過去は過去だ。」
「それが貴方の正義なのですか…!!」
「正義なんて言葉ではくくれないものもあるだろ」
「では、正義とは、何なのですか!!」

そんなの俺が知りたい。この世界の正義の許容範囲広すぎな。







悲報:俺の部下が元海賊
いい感じに殲滅できてきたあたりで、なんか言い争いが聞こえるなーと思って近づいてみれば、そこには俺の頼りになる部下ちゃんが絶望したかのように膝をついていた。おやまぁめずらしい。そして相手の海賊によってバラされた情報によれば、もともとそいつはスパイ的な感じで海軍へ入った男だったらしい。

「それで、何か握れたのか?」
「いいえ、いいえ…!」

しかしさっきから男泣きをされていて全く話が進まない。向こうの言い分によれば、途中、俺の隊に入ったあたりから海軍に寝返ったということらしいが、それって寝返ったんじゃなくて心を入れ替えたというのでは。

「俺の隊には流されて弱みになる情報なんてなかったろ。」

常に潔白でいないといつマグマグされてもおかしくないので賄賂なんか受け取らないし渡さないし嘘もつきません。最近ただでさえちょっと大将の視線が厳しいというのに。世知辛い世の中である。

「それでも、私は、結果として貴方を裏切ってしまった…!」

悲壮感じのところ悪いが、心入れ替えたんならいいんじゃね。俺の意見である。この世界は主人公組のような良い海賊もいるんだし、そこまで悲観的にならなくても良いと思う。でも目の前の部下はこの世の終わりみたいな顔してるし、それをばらした敵である海賊が勝ち誇った顔をしているしで、あんまり良い方の海賊では無かったらしい。

「今は正義を背負っているのならいいんじゃないか?」

そんなことより俺はいつサカズキ大将がこちらを向くかが気が気じゃない。俺は過去が海賊だろうがなんだろうが自分に害が無ければ気にならないが、大将は違う。部下の不始末は上司の不始末!とか言って俺もろとも始末されかねん。

「また裏切るぞォそいつは!今だってスパイかもしれねえ!そんな奴をそばにおくたぁとんだ甘ちゃんらしい!」
「うるさいなぁもう」

あの人地獄耳なんだから俺がマグマグされる前にほんとその口ちょっと閉じようか。







何が彼の逆鱗に触れたのか。飛ばされた海賊の首を見てコビーは呆然とした。しかし今この場でそれを非難するものなど誰一人としていない。彼が行ったことの全ては肯定されるのだ。それはいっそ宗教のように。

「俺は許すと言ったはずだ」

誰も口を開かず、その場には部下だという男が堪えきれずに再びむせび泣きだした声が響くだけだった。

「誰が許すというた」

そしてそれを打ち破ったのは、身体を未だマグマ変えたままの赤犬だった。対照的な言葉、対照的な笑み。彼等の不仲はこの相性の悪さから来ているであろうことがありありと分かった。

「海賊は如何あっても海賊じゃ」
「大将、彼は俺の部下ですよ。今は立派な海兵だ」

灼熱の拳が振り上げられても、名前は怯んだ様子も見せずに悠然と微笑むだけだった。己の正義に絶対的に忠実であるのは彼も同じだった。そして部下である男を庇うように足を一歩、動かす。

「どう死ぬかではなく、どう生きたかだ。死なすには惜しい」

己の首を差し出そうと横でこうべを垂れた部下の頭を不機嫌そうに蹴り飛ばした名前は、話は終わりだとばかりに己の剣をしまった。
おら撤収だ、海賊どもを逃がすなよと叫べば部下たちは我に返ったように動き出す。それを見た赤犬の大きなため息なんて聞こえなかったかのように背を向ける。

「テメェの人生、好きに生きて何が悪い。」

呟いた言葉は、誰に向けたものなのか。名前中将の遠征では死者数が少ない。その理由をコビーはやっと理解した。力ない者が死んでゆくこの世界で、この男がどれほどの思いで駆け抜けてきたのか。

「あの人に仕えるとはそういうことだ、若造」

苦笑いをこぼしてそういったのは、自分達を誰よりもしごいていた男だった。息子程も年の離れた上官に付き従う男の顔に写るのは誇りと、あの人にどこまでもついていく覚悟。中に入りこめば抜け出せなくなりそうだった。コビーはもう一度、名前に敬礼をするとガープの元へ戻るため踵を返した。




150113
リクエスト:コビーとヘルメッポあたりに聞かれる話(ハイラジ様)
ヘルメッポが一度も出てきていない件について。


×