月の沈まぬ世界
太陽の昇らぬ世界

僕がいたのはそんな世界だ。太陽を望めども、離れることは許されぬ。だから、初めて見たときに、太陽だと思った。太陽を知らぬ自身が、初めて見た、太陽。

君はいつだって、白衣を翻して忙しそうにしていた。こちらの世界から見える君は、それでもいつだって太陽だった。笑って、泣いて、また笑って。鏡越しに、ガラス越しに。気づかれないよう何度か会いに行ったこともある。君のポケモンが純粋にうらやましかった。
僕のいる世界は、君の世界を支えてる。それだけで満足だったはずなのにね。



学生のころから何度か、視線を感じたことはある。
決まって、私が落ち込んでいたり、行き詰っていた時だった。しかしそれは悪意は感じられず、むしろ気づかうような優しい視線だった。だからきっと、ゴーストタイプのポケモンかなにかだろうと思ってほおっておいた。たまに感じていた視線は、そのうち感じなくなった。

そのうちに、駆け出しだった私も一人前の研究者になった。それとともに、少し無感動になったのかもしれない。昔のようなひたむきさは失われていたように感じる。もちろん、研究意欲は失われてはいない。まだまだ分からないことの多いポケモンの研究は楽しい。それでも、昔とはやはり変わってしまった部分もあるように感じる。
鏡の前に映る自分に、苦笑が漏れた。疲れた顔をしている。何度かほおをたたいて気合いを入れ、扉をあければ部下である男がこちらに向かってくるのが見える。そのあわてた様子に何事かと目を向ければ、こちらまで走ってきた男はとんでもないことを口にした。

「…反転世界」

それが、今日の昼のことだ。言い渡された言葉はいまだ私の中で消化できていない。自分のデスクで、馬鹿のように同じ言葉を繰り返す。反転世界。かのギラティナがいる世界。興味がないと言ったら嘘だ。でもそれは、今までのキャリアを放り出してまでするべきことか?

(……嫌な考えね)

学生の頃なら一も二もなく飛びついていただろうに。今の研究はどうするの?家族は?何年あちらにいるの?浮かぶのは言い訳じみた思いばかり。臆病になった。それは、でも、悪いことだろうか。
あたりは暗い。すでに研究室には誰も残っていなかった。自然と漏れ出た溜息に、もはやこれ以上いても同じだと立ち上がる。電源を落としたパソコンの暗い画面を何をすることもなく見た、その時に。一瞬。一瞬だ。あのときの、懐かしい視線を感じた。

「…昔を思い出したからかな」

ふと笑う。あのころはゴーストポケモンの悪戯だと思っていた視線。怖くない。優しい視線だった。何度も葛藤した。何度も泣いた。何度も笑った。あのころの。

「まだまだ、頑張れるって?」

そう言いたいのだろうか。しかし視線を送る彼…彼女かもしれないが、彼は私の葛藤などお構いなしらしい。その視線に、少しだけ、背中を押されたように感じた。







「…綺麗」

思わず口から洩れた言葉に苦笑する。あれだけ悩んで、それでも行こうと決めたのは、あれからも何度かあの視線を感じたからだ。たったそれだけのことで決めてしまった自分の単純さにも呆れるが、賭けてみようと思ったのも確かだ。

だから、ここにきて、あの視線が強くなったことに驚きを隠せなかった。優しさに包まれるような、この感じを、私は、知っている。
横にいる、これから同僚になるはずの男性の言葉はほとんど私の耳には入らなかった。何か言っている。しかしきっと、大したことではない。

「どこにいるの」
「え?」
「いえ、すみません、」

思わず口に出た言葉は私の本心なのかもしれない。もはやこちらの研究に参加したことに後悔はなかった。そのことばかり考えていたせいか、男の叫びが聞こえるまで、私は周りのことが見えていなかった。危ない、さがって、そんなことばが背後で聞こえる。
私の目の前には、おおきなポケモン。
確かに危険だろう。彼は物言いたげな目でこちらを見ている。先ほどほとんど聞き流していた会話の中で、確かに彼のことを言われた気がする。攻撃してくる可能性が高いから、すぐに逃げろと。でも、これは。彼は。私の中で一つずつ、パーツが組み合わされていく。

「…みつけた」

漏れた言葉は、真実。




あの子は僕の前で大きく目を見開いていた。動く様子はない。驚いているのか、恐れているのか、それでもその瞳にある光は色あせない。
姿を現しただけで攻撃をしかけてくる人間達の一人が、あの子を押しのけて後ろに下がらせた。面白くない。奪われた気分だった。

男のポケモンがこちらを威嚇するように見上げる。本当につまらない。確かに、僕は研究とやらには邪魔な存在なのかもしれない。けれど、ここはもともと僕の世界だ。人間が来るべきところではない。手を出してはいけない領域だったはずだ。太陽を望んで蝋の羽を溶かされた、かの神話のように。踏み込んではいけない領域という物は、この世には存在する。でも、それでもそのおかげであの子と会えたのは、何とも皮肉な話だった。

「あいつは危険だ!さがって!」

ああ、うるさいなあ。僕が思ったのはそれだけだ。ちっぽけな人間に従う同族達の気持ちが分からない。絆とか、友情とか、そういったものは理解し難かった。
でも、あの子とずっと一緒に入れるなら、そういう考え方も、もしかしたらあるのかもしれない。それでも残念ながら、僕があの子について行くことはできないけれど。それがこの世界の決まり事だ。

「ギラティナ!」

男の背中を押し戻し、あの子が叫ぶ。白衣を翻し、こちらを見た瞳は、あのときの太陽だった。好戦的にこちらをみる視線は、肉食獣の瞳だ。狩るものと狩られるものを明確にする。
太陽に近づきすぎたのは僕の方だった。翼は堕ちる。女神へ近づけば近づくほどに、それは。ああでも、これが。君の実力だ。あなたと共に生きたい。

伝わったかどうかが、わからないけれど。人間の言葉を話すことはできない。思っていることは分かれど、やはり言葉になれば違う言語だった。
僕はここから出ることはできない。この世界が全てだ。それはこれからも変わらない。永劫の未来。

でも、もういいよ。
この世界は、確かに大切だけれど。
あなたが思うままにしたらいい。


貴方が私の望む世界


何を言っているのかはわからなかった。それでも、感情は伝染する。
自分の心のくせに抑えが利かない。私が望んでいたものだ。彼の瞳に映る私は、歪んだように笑っていた。口端が自然と吊り上るのを感じる。

面白い。

初めてそう思った。今までそう思わなかった言えば嘘になる。しかし、初めてだ。これが、この感情と出会うのは。陳腐な言葉でしか言い表せない自分の脳味噌を鼻で笑った。

私は、私の望んだ世界を手に入れた。



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130601

あの子あの子いってますがギラティナさん多分夢主の名前知らない。立派なストーk(ry
夢主が凶悪犯みたいになてますがちゃんとこの後はギラティナの背中に乗って反転世界うろうろしたり、まんざらでもないギラティナがいたりしますよ…ちょっと出会いがその、ドSとドMの出会いみたいになっちゃってますが。
偽物さんからのリクでした^^!リクありがとうございます〜!ご本人様のみお持ち帰り可です*


お題配布元「輝く空に向日葵の愛を



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