これの続き


雨だ。空を見上げてため息吐く。そういえば朝の天気予報で何かいっていたような気もする。
テレビなんてつけているだけだからほとんど聞き流していた。

(傘なんて持ってきてないんだけど)

少し待ったところで止みそうにはない雨に否応なく、彼の姿が思い出された。

(ハッサム、)

ハッサムが怪我を負い、ポケモンセンターに入院したのは少し前のことだ。あの日も、雨だった。
久々のバトルで舞い上がっていたのも、緊張していたのも認める。だがあのバトルで彼が怪我をしたのは私が原因だ。性格には、私の油断が。
相性的にもレベル的にもこちらのほうが圧倒的に有利だったにも関わらず負けた。地の利を利用され、逆転された。
バトルなのだからどちらかが勝ち、どちらかが負けるのは当たり前で、これまでだって何度も経験してきた。だがやはり負ければ悔しいしパートナーが怪我をすれば後悔する。それが自分の指示が悪かったせいで負けたのであれば尚更。

(ごめん)

ハッサムが目を覚ます前、何度も様子を見にに行った。だが目を覚ましたと連絡を受けてからは一度もいっていなかった。
一度躊躇してしまったせいでタイミングを逃したというのもある。

(変な意地ばっかり張って、このざまだよ、ハッサム)

ニュースを聞いていても傘なんて持ってきていないし、食事を取る時間だってかなり不規則になった。
自分はどれだけはハッサムに頼り切っていたのか。ハッサムのいない部屋は冷たくて、ただ広く無機質だった。
たった数日で音を上げてしまったが、それでもハッサムに会いにいけずにいる自分の意気地なさに嫌気が差した。


勝利に慣れてしまった思考はあの時、負けたという事態についていけなかった。呆然とする私の前でハッサムがどうと音をたてて倒れた。真っ白になった頭では正常な判断などできるはずもなく、結局雨の中対戦相手の少年に引きずられるようにポケモンセンターに行った。
いつもならすぐにすむはずの治療は、雨の中だったからか打ち所が悪かったらしく長引いた。




(ポケモン勝負なんて、一年以上してなかったしな…)

ハッサムは楽しげだった。彼は元よりバトルが好きなのだ。やらなかったのは自分だ。
勉強の合間にだって、やろうと思えばできた筈だ。夢をかなえてやれなかった彼のために、私は何もしてやらなかった。大学にだってバトルフィールドがある。

(…ちょっと、見に行こう)

雨の中歩き出した足取りは、少しだけ軽くなった。





雨脚はますます強く、激しくなっていた。頭上をヤミカラスの群れがあわただしく通りすぎていった。
暗くなってきた空に、引き返してしまおうかと思う。
前からトレーナーとヌオーが歩いてくる。雨が嫌だ嫌だと叫ぶトレーナーにヌオーがゆっくりと首をかしげた。そりゃお前は雨大好きかもしれないけどさぁ、と傘を持ち直すトレーナーの表情はそれでも楽しげで、心のもやもやとしたものに直接触れられたような気がした。



雨の中のバトルフィールドは真っ暗で、いつもついているナイターの光も消えていた。ただっぴろいフィールドの真ん中に立てば、思い出すのはハッサムと二人で旅をした時のことばかりだった。
何度も負けて、悔しくて悔しくて悔しくて。そのたびに二人で特訓して、それで勝ったときのあの喜び。あの清々しさ。

(…私は馬鹿なのかな)

負けは強くなるチャンスだったはずで、負けるからこそ強くなれたのだ。それなのに今の自分の態度は。勝利に傲り高ぶる人間そのままだった。
ちゃんと謝ろう。バトルフィールドを眺めていれば自然とそう思えた。





校門近くまでくれば、ふと何か赤い物が目の端によぎった。見覚えのありすぎるそれに慌てて近寄れば、それは今はまだ病院にいるはずであるハッサムだった。


「ちょ、あんた、何でここにいるの」

「やはり傘を持っていなかったな」

「いや、うん。いやいやいやそうじゃなくて!」

「話と文句は後で聞く。とりあえず帰るぞ、そのままでは風邪を引く」

「え、ちょ、えぇ…?」


腕にかけていた傘を私に渡し、すたすたと歩き出したハッサムにつられるようにして真っ暗な道を二人無言で歩いた。





「で、こんな時間まで何をしていたんだ」

「ちょっとバトルフィールドまで…て、そっちこそまだ入院中じゃなかったっけ…?

「マスターは絶対に傘なんて持っていってないだろう事は分かっていたから、抜け出してきた。」

「あ、そらどうもすんませ…てなんでやねん!なんでそんなことで抜け出してるの意味分からん!」

「そんなことではない」


…私にとったら、と絞り出すように言われて、ぐっと声が詰まる。ハッサム、とつぶやけば彼は家に帰ろう、とだけ言った。


「入院はいいわけ」

「どちらにしろあと数日で退院だ」

「…そう」


沈黙、沈黙、沈黙。
ハッサムといて沈黙は別段苦ではなかった。だから尚更、今のこの沈黙が重い。もしかしたらそう感じているのは私だけなのかもしれないけれど。
あまりにいつも通り名ハッサムに、人知れず息を吐く。


「ジョーイさんから、聞いた」

「…何を?」


ぎくり、と思わず歩みを止めれば、ハッサムがこちらに向き直る。その目を直視できずに思わず視線をそらせば、返ってきたのはため息。ひくり、と喉が鳴った。


「マスターが、私が目が覚めるまで何度も見に来ていたと。」

「…うん。」


言外に責められているような気がして、顔を上げられなかった。


「また一人で悩んで落ち込んでいたんだろう」

「……。(ごもっともです)」

「マスターは何も悪くない。負ける事は恥ずべき事でもない。」


はっとして顔を上げる。私の考えなどお見通しだとばかりに笑うハッサムがそこにはいた。


「昔は何度も負けてぼろぼろになっただろう。しばらく負けないにうちにえらく心配性になったじゃないか」

「…うん。」

「マスターが気に病む事はない。私は怒ってなどない。」

「うん。」


だから、とハッサムは続ける。


「いつものように笑っていてさえくれれば、十分だ」

「…うん。」

少しだけ滲んだ瞳を、ハッサムは見なかった事にしてくれたらしかった。




手をつなごう、昔のように



「ところで一人でバトルフィールド見に行ったといったな?」
「え、うん」
「何故一人で行った。野生のポケモンが出てきたらそうするつもりだった」
「いやまぁ精神修行みたいな…初心に帰るたいな」
「そん事は私ががそばにいるときにしろ」
「それじゃ意味ないよ…」
「心配させないでくれ…何もないで本当によかった」
「…うん。」





園様へ!
遅くなってしまい申し訳ありませんでした…!!!
ハッサムの人気は衰えることを知りません…ただのいけめん枠ですかそうですか…。少しでも楽しんで頂ければ幸いです

101005




×