▼酒飲み達の海



「あの人は結局何を恐れてたんだろうなァ」
「まーた“あの人”の話ですか」

酒が入るとバギーはいつも“あの人”の話をする。部下が聞いても話の要領は得られない。毎回繰り返されるそれにまた始まったと苦笑する者もいる。

「あの人は強ェよ、めちゃくちゃ強ェ。けど、いつもいっつも、悲しみを表にだすな、付け込まれるな、強くあれ、道化であれ、ってそれが口癖みてぇに」
「何につけ込まれるんですか」
「そっれが分かれば苦労しねぇよ!結局教えちゃくれなかった!だーーから分かんねえんだよ!けど、言葉ってのはスゲェよなぁ…」

小さな頃、何度も何度も言われた言葉はずっと心に残っている。茶化そうにも、あの真剣な目を見たらそんなものは引っ込んだ。この人ですら恐れる何かが、きっとあるのだろう。

「教えちゃいけない系だったとか?」
「なんだそれ、知ったら死ぬとかそーゆーやつ?」
「禁忌に触れちゃうとか?それでも船長にはなんとかそれだけでも伝えたかったとか?」
「お前ら意外とロマンチストだよな…」
「想像力豊かって言ってくださいよ!」
「まぁロマン追いかけれるような男じゃないと海賊なんてやってないですし」
「それもそうかァ」

酔った部下達の言葉を聞きながら、この仮説はもしかしたら正しいのかもしれないと思ったバギーもきっと酔いが回っている。
お前は知らなくてもいい、だけど俺はお前を“喰い”たくはないよと、だから付け込まれてくれるなよと、優しい声で言われた。きっとたくさんのヒントは与えられている。本人に隠す気があるのか、これがヒントとして出されたものなのかも分からないが、のらりくらりと大切な部分を話さないあの男の真実に、近付こうと思えば思うほど思考は泥沼に嵌った。

「真実なんてどーでもいいから、アンタにまた会えたらなァ」
「なんですか初恋みたいに」

どっと湧いた笑いに、俺は真剣だぞ!と言ったが効果はなかった。何度も何度も聞かされた酔っ払いの戯言に、毎回律儀に付き合っているのだからこれくらいは許されるだろうというのが部下達の意見だ。

「海は広いですしね、いつかは会えますよ」

部下達はいつもそうやってバギーを慰めて、この話は終わる。港の女達の話や、次の島の美味い酒の話、新入りがやらかした話、後ろに待つ話題は沢山ある。そーだなー、と気のない返事をして、バギーもぐいと酒を煽った。



2018/11/18
出会う前の話


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