水溶性





付き合いだして分かった事だけど、真琴くんはすごいキス魔だった。

最初のキスは、記念すべき付き合い始めた当日だった。というか、「好きです」「私もです」という一連の流れの直後。真琴くんはいきなり私を抱きしめてキスをしたのでした。さすがに驚いた。真琴くんってまじめだし、女の子の気持ちを大事にしてゆっくり段階を踏んでいくタイプなのかと思っていたから。
ふに、ってあったかいくちびるが一瞬だけ触れたキス。
怒るべき?って少し迷った。でもそれはやわらかくてあったかくて、私までほにゃんとなってしまうような一瞬だった。顔を離した真琴くんが、真っ赤でいながらあまりにも幸せそうに笑って「ありがとう」って言った事にも毒気を抜かれた。私は咄嗟に「どういたしまして」と笑った。きっとその顔は、真琴くんに負けないくらい幸せそうだったのだろう。真琴くんはその時からキス魔になった。



「んっ…」

食べられちゃうみたいなキスの合間。くちびる、ずれたときに声が出た。私はまだキスの時上手に息ができない。

「…透」
「ん」

ずれたくちびるを追いかけて、食むようにして。真琴くんが私の名前を呼んでまたくちびるを合わせた。
真琴くん、普段は私の事、「透ちゃん」って呼ぶのに。キスの時は時々「ちゃん」が取れる。そう呼ばれると、何故か私の肩はぴくりと跳ねてしまう。跳ねた肩、真琴くんに宥めるように抱かれた。また角度変えて、キス。
ちゅ、って音立てて離れるくちびる。可愛い音だなって、ぼんやりした頭で考えた。乱れた息を整えていたらおでこにおでこ、こつんと当てられた。

「透ちゃん、大丈夫?」
「…うん」

真琴くんは息も乱してない。私は駄目。止めてた呼吸、取り戻すのにはあはあ言っちゃってちょっと恥ずかしい。真琴くんがあやすように背中を撫でてくれるのも恥ずかしい。

「……真琴くん…は、息継ぎ、上手だね」
「え? 息継ぎ?」
「うん…。やっぱり、水泳部、だよね。さすが…」

呼吸を戻しながら、切れ切れに言った。ら、真琴くんはいきなりくつくつと笑いだした。至近距離で見る真琴くんの笑顔はすごい、可愛い。とか思ってたらまたちゅって触れるだけのキスされた。

「可愛いなあ、透ちゃんは」
「……」

可愛いの真琴くんなんですけど。
おでこくっつける為に(というかその前、キスをする為に)私の身長に合わせて体を屈めてるの、苦しくないのかなって少し思った。私も背伸びするけど、キスの間になんだかわかんなくなっていつの間にかへたり込みそうになっちゃうし。結局今みたいに、真琴くんに支えてもらわないと立てなくなってる。

「……キスの為に足腰鍛えるべきかもしれない」

ぼそりと呟くと、真琴くんが一瞬目を丸くして、また笑った。今度は可愛い笑顔っていうより、なんか、ちょっとぞわぞわするかんじの顔で。かっこいいんだけど、なんか、その。
真琴くんの目の中に自分の顔が見えてどきりとした。表情とろけてるんだもん。え、なんかすごい、この表情って俗に言うエロい顔なのではないだろうか…。えー、やだ。キスされてエロい顔になる女の子なんて。

「ま、真琴くん! 離れよう!」
「え」
「休憩しよう!」
「休憩って」

真琴くんの体を頑張って押して、やっと二人の間に風が通り抜ける隙間を作った。真琴くんは笑いながら離れてくれた。よかった。真琴くんは力が強いから、私がいくら押したって、彼が動く気になってくれなければ全然意味ないのだ。

「分かった。ちょっと休憩ね」
「うん」

真琴くんに頷いて、それから私ははっとする。「ちょっと休憩」、じゃなくて!

「そうじゃないよ真琴くん、そうじゃない!」
「えっ何、透ちゃん。やっぱりもっとする?」
「そうじゃない! 駄目またキスするの駄目! 場所考えよう!?」

一歩距離を詰めてくる真琴くんから一歩後ずさって私は訴えた。素直に立ち止まった真琴くんが、きょろきょろと辺りを見回して、「ああ」と手を打った。

「そっか。通学路だったね、ここ」
「思い出してくれてよかった!」

こくこくこく、首が取れそうな勢いで頷く私。そうです。ここ、通学路。思いっきり、外。
いくら海沿いの綺麗な場所で、人が全然いなくても。いつ来るとも限らないのに。こんなとこ人に見られたら、あらー橘さんちの真琴ちゃんてばこんなところで女の子とキスしてるわー!ってご近所の噂になってしまう。

「あはは、大丈夫だよー。それにそうなったらなったで、ご近所さん公認になるだけで別に困る事でもないしね」
「えっ、やだよ、恥ずかしいもん!」

ぎょっとして私が叫ぶと、真琴くんはまた笑った。
真琴くんはよく笑う人だ。優しいし明るいし、クラスでも人気者で。この笑顔が大好き。
付き合いだしてから、真琴くんはますますよく笑うようになったと思う。私を見て、いつも優しく笑ってくれる。楽しそうに。私が何かしたり話したりすると笑うの。下がり気味の目をふにゃんと柔らかくして。その笑顔がすごく、うれしくて好き、で。だから全然逆らえなくなる。流されてしまう。

「透ちゃんは本当に可愛いなあ」
「可愛くない。駄目だよ真琴くん」
「可愛いし、駄目じゃないよ。透、休憩はもう終わり」

また「透ちゃん」じゃなく「透」って呼ばれて、咄嗟に跳ねた肩、柔らかく包まれて。キスをされた。真琴くんの綺麗な目を間近で見ていられなくて私はぎゅっと目を瞑る。制服のシャツに縋ったらしっかり抱き込んで支えてくれた。くちびるに熱。優しいのに有無を言わさない感じにくちびる開かせて入ってくるもの、一生懸命食んだ。触れてる場所から溶けていきそう。海の音と、海の音じゃない水音が混ざって聞こえた。どこか遠くで。


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